まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

う~……神殿が湖より浮かび上がる光景。
きちんと脳内にはあるんですよ?
それこそ映像で。
それをきちんと文字で表現するのがなかなか……
盛大なんですけどねぇ……湖の中より浮かび上がる巨大なる神殿……
文章力のなさがよくわかる……くすん……
ようやく今回で主体ともいえるこの世界の要たる存在がそろいます。
……短編のはずなのにすでに5話し(しかも1話が100K以上)になっているのはこれいかに?
歌もどきの旋律は一応あるにはあるんですけど……
音律で示しても何なので、よみてさんの感覚に任せます・・・
何はともあれまったりのんびりとゆくのですv

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前回までのお話し:
ティン達の活躍により捕らわれていた様々な存在達は救いだされ、
伝説ともいわれていた竜王の宮殿、水晶宮へと全員が保護された。
その地においてフェナスは輝きの守護の役目を果たすため特訓することとなり、
そして残されし輝きの王たるレニエルは、竜王クレマティスとともに湖へとでむくことに。
かつてその地にあったという巨大国家のなれの果て。
アダバル湖にて彼らを待つものは?

WOLD GAME ~アダバル湖と世界柱~

かつて世界は一度滅んだ、といっても過言ではない。
それから永き年月を得て今の生態系に落ち着いた。
眼下に広がる広大なる湖はかつての文明における跡地のなれの果て。
この地にかつてこの世界を支配していた国があったことを知る存在は今やごくわずか。
「しかしすいません。竜王様。私なんかのためにその御身を使わせてしまいまして……」
空を優雅にすすむうねうねとした一つの影。
そんな影の横には小さな人影と、そしてその頭らしき上にさらに小さな人影らしきものがみてとれる。
「仕方あるまい。輝ける王はまだ完全に覚醒を果たしていない以上、自力で飛ぶことは不可能であろう?」
まだ自らの体に【乗せて】いるレニエルはそこまでの力をもっていない。
もっていないというか目覚めていない。
ゆえに、竜王とよばれしクレマティスのいい分も至極もっとも。
最も、今のクレマティスの体は本来の器、すなわち竜本来の姿となり空に一筋の光として溶け込んでいる。
そんな長い胴体の頭部分の上にちょこん、と座り込みつつも申し訳なさそうにしているレニエルの姿。
「というか率先して自分の体に乗ればいいっていったのはクレマティスなんだから。
  きにしなくてもいいのよ。レニーは」
「…ティンク様…」
確かに自分から申し出たのは事実。
その心情はおそらくは、横にいるこの【御方】には完全にばれているのであろう。
ゆえにこそ自らの心の中を暴露されるのではないかとおもいおもわずつぶやくしかない。
そんなクレマティスやレニエルに対し、
「とりあえず。レニーに一緒にきてもらえるのはこちらとしても助かるし。
  コラム宮のほうは浄化の力で本来の姿にもどったことだし。
  ここも一部を復活させてもそろそろいいかな、とおもってるからね」
いいつつも、そんな優雅に空を泳ぐように飛んでいるクレマティスの横を普通に歩くように、
空を飛んでいるティンの姿。
普通ならばありえない、人が空を大地のごとくに普通に歩くように飛ぶなど、ということは。
最も、ティン・セレスに限ってはその常識にあてはまらないというのを彼らはよく知っている。
「拠点はレニー達の船でいいわよね?」
「というかいいのですか?」
彼女が率先してあまりこの地の生命体にかかわる、というのはいまだかつてあまりなかった。
それゆえのクレマティスの問いかけ。
「あの湖の底に沈めてる神殿を復活させるつもりだからね。
  ついでに森の民達にその場を管理させたら問題ないでしょ?
  もともと、かの地はかつて森の民が管理していた場所でもあるし」
今でこそ湖の底に沈んではいるものの、
その本質から考えてちょうどそこに同じ種族がいる以上、元の管理者達にまかせるのが筋というもの。
人の世からしてみればたかが数千年、されど数千年。
世界における永き時から考えれば確かに短い期間であり、
そもそもかの地を封じたのは大地に住まう存在達がおごらないためでもあったはず。
かの神殿の力もあり、かつての王国は世界を支配しようなどといった大それたことをしでかした。
共存ではなく力による強制力として。
「アダバル湖にはあの子達の影響で力が満ち溢れた存在が産まれてるし、
  魔獣たちもそこそこに強い存在達もいるしね。守りとしては問題ないでしょう?
  それに今のこの世界で森の民達を解き放ったとしても、愚かな人々が危害を加えかねないし」
事実、森の民を手にいれようとかの国が行った非道なる行い。
ゆえに被害者であるはずの彼らを悪者としてみる人間も少なくない。
すでにかの民の数は数えるほどとなってしまっている。
このままでは、この地における緑という緑は加護を失い消滅してしまう。
主に人間にいえることなのだが力あるものを虐げ、排除しようとする。
自分達だけの利益の身を考えて後先を考えない。
その結果におこることに目をむけようとしない。
そういった人間達だけではないのはわかってはいるがそういった人々がいるのも事実。
あまりに人間達が無体をするようならば、この世界にあらたな理を下すこともいとわない。
しかしそれは今ここでティンが二人に説明する必要もない。
「さてと。そろそろ見えてくるかしらね?」
「……ホセ達驚くでしょうね……」
自分が目覚めてこのかた力を扱いきれていなかった。
彼らが率先して自分の目覚めを促そうとしてくれたが誰もが達成しきれなかった。
自分が目覚める前、卵の状態のころからいてくれたものだからこそどう対応していいかわからない。
戸惑いをかくしきれずにぽそりとつぶやくレニエルの心情は肌が触れているがゆえに、
ひしひしとクレマティスの体にと伝わってくる。
元々、三柱たる彼らは繋がっている、といっても過言でない。
ましてやそれが体が密着していればなおさらに。
ゆっくりと空をたゆたいつつも眼下をこらし目的のものを探り出す。
目指すはレニエル達が拠点としていた一隻の船。
【緑の疾風】の要たる本陣。


「頭…否、お嬢達は無事にたどりつけましたかねぇ?」
「我らの力が強く感じられているということはレニエル様が力に目覚められたということでもあろうしな」
先日、フェナスとレニエル、そして身元不明のティン・セレスとなのった少女。
その三名をこの船より送り出し、自分達は湖をただよいつつも待機している。
待機といっても湖を優雅に運航しつつ何か予兆がないか調べているにすぎないが。
「ホセ様。しかし我らの力が強まった、ということはレニエル様が目覚めを迎えられた、
  ということなのでしょうが、ホセ様方ができなかったことをどのようにして目覚められたのでしょう?」
一族の中で年長者であるホセですら王の力を目覚めさせることは不可能であったというのに。
だからこそ疑問に思う。
力ある一族のものがほとんどがかつて王を守るべく命を落とした。
または仲間をたすけるためにその身を世界に還りゆかした。
彼らにとっての死は世界に還ること。
その身は本来ならば大地に還り、次なる命をはぐくむ種となる。
しかしかの国に捕らえられたものはその循環の輪からはぐれていた。
その力とその身を利用され、精神体そのものが蝕まれていたといっても他ならない。
捕らわれていたとおもわしき【力】も先日解放された。
それらは風にまじる力の密度にて理解した。
そしてまた、捕らわれていた水と土の大精霊達も。
大地を通じてその真実を彼らは知っている。
いくら本来あるべき大地より離れたといえど基本彼らは大地の民。
ゆえに大地との結びづきはとても深い。
「考えられる原因のひとつに竜王様の手助けがあったという可能性もありえるがの」
アロハド山脈の頂上の一角に竜王の宮殿、水晶宮クリスタルパレスがある。
そのことをホセ、と呼ばれた薄茶色の髪をした男性は知っている。
老体といわれしこの体にもわかるほどの大地と水の加護の充実。
ここ数百年は決してえられなかったものがそこにある。
数百年にわたり唯々諾々と捕らえられていた精霊王達が解放されたということは、
すなくからずとも竜王自らがかかわっていても不思議ではない。
今の今まで静観していたかの存在がどうして今動いたのかはわからない。
が、何となくではあるがあの少女、ティン・セレスと名乗った存在にかかわっているような気がする。
しかし、【創りし存在】または【創造せし存在】といった意味合いをもつ【ティン】という名。
あのような名をもつ存在などいまだかつてみたことがなかったのも事実。
【力】が使えるのならば世界のその言葉もしっていなければならない。
そのような大それた名をつけるとは思えない。
しかも【セレス】はこの惑星そのものを示す名。
ホセコウ大地を統括している彼だからこそその事実を知っている。
伊達に本体が齢一万年をこえる大樹として生きてはいない。
「ホ…ホセ様!!」
会話をしつつ甲板にて会話をしているそんな最中。
ふとあせったような声が彼らの耳にと聞こえてくる。
ざわざわとざわめく声が次第に甲板上にとひろがってゆく。
それらは全て空をみあげて何かいっており、ふと空を見上げたさきにみえるは、
金色を帯びた一筋の雲。
「あれは……」
その姿を目にし誰ともなくつぶやく声は気のせいではなくかすれている。
森の民であるのを隠し、人の世に紛れて生活していた中で見知っているその姿。
否、森の民の集落でもその姿は知る人ぞ知る神聖なるもの。
体は蛇のように長く、しかしその腹の部分は蜃のようにもみえる存在。
その背にびっしりと生えている鱗はまさに鯉。
そしてその長き体にとある四つの手足とおもわしき先にみえるは鷹の爪。
掌は虎、耳は牛のようであり、そしてその頭は駱駝その先にある角は雄の鹿のように立派なもの。
瞳は兎のごとくに漆黒の粒らな瞳。
竜に九似あり、とは一体誰がいいだしたのかはわからないがまさにいいえて妙。
口辺に長髯をたくわえ、喉下に一部逆鱗のようなものもみてとれる。
まさに伝説ともいわれている聖なる生き物。
遠目で彼らは気づいていないがその手にある指と爪の数は五本。
竜族における位の高さは爪の数に比例しており、五本は最高峰の位置にいる存在を示している。
船室の中にいたものたちも騒ぎに気付きそれぞれ全員が甲板にと出てきている。
みあげた空にみえるは見間違えようのない生き物の姿。
本来ならば滅多と人前に姿を現さないといわれている聖なる存在。
船にのっていたすべてのものが唖然とその場にあるいみ固まってしまうのはしごく当然。
年長者とて竜の姿を拝見したことなど数えるほどしかありえない。
あまりのありえない姿を目の当たりにして彼らは気づかない。
その竜に乗っている存在と、そしてその横にうかぶ一人の少女に。

「とりあえず甲板に降りるとしますか。レニーは風を起こすからそれに乗って降りてね。
  どうもみたところ船乗員の皆は固まってるみたいだし。
  クレマティスが直に乗り付けたりしたらそれも面白…もとい混乱しかねないしね」
……今、絶対ティンク様、面白そう、といいそうになりましたよね?
ティンの言葉に思わず内心二人して同じことを心に思うがしかしそんなことを口にはだせない。
ゆえに。
「あ。はい。わかりました」
「あ、いっとくけど私のことは今までのように呼ぶようにね。
  いきなり口調とかかわったら他の皆が不思議がるでしょうし」
「そもそも、ティンク様がこの地に降臨なさってきていることがすごいことだとおもうのですが……」
ティンの台詞に至極もっともな意見をいっているクレマティス。
そうこう話している最中にもゆっくりと彼らは湖に浮かぶ船にと近づいていっている。
「私からしてみればたかが数千年くらいでなんでまた同じような過ちをしてるのか。
  といいたいけどね。前回も強くでなかったがゆえに被害は大きくなったわよね?」
「…うっ」
そういわれるとそれが事実なのでクレマティスとしては言葉につまる。
しかし強大なる力の干渉は逆をいえばそれによりより大きな歪みもまた発生する。
歪みは魔獣を生み出す元ともなる。
歪みが大きければ大きいほどより力のある魔獣が産まれ、
世界にいきるものたちを苦しめる結果にもなりかねない。
だからこそ彼ら精霊王や竜王といった存在達は率先して物事にあまりかかわりをもたないようにしている。
…もっとも、そのせいで世界が疲弊したりしている以上、臨機応変というものをきかせなければならない。
というティンの言い分も至極もっもであろう。
「さて、と」
ふわり。
そうこうしているうちにと完全に視界にはっきりとみえてくる湖にとうかぶ船の姿。
その姿を確認し、そのまますっとかるく右手をふるティン。
それと同時、ちょっとした風がレニエルの体の周りを包み込む。
「風のコントロール方法は判るわね。レニー。じゃ、いきますか」
「では、私は姿を人型にしますね」
そういうが否や長きその体が一瞬にしてかききえる。
それこそまるでその場にはじめから何もなかったかのごとくに。
同時にその場に一つの人影が出現する。
長き黒髪を背後でかるく一つたばねにしてくくった一人の青年。
服装はゆったりしたひざ下まである布地にさらにその下にゆったりしたズボンのようなものを履いている。
羽織っているのは前の部分を黒い紐でとめる形式の黒いローブ。
「あいかわらず外にでるときはその格好?」
以前にであったとあるエルフの姿をもとにしたこの姿。
それを知っているがゆえにおもわず呆れ半分でといかけるそんなティンに対し、
「明確な姿を瞑想できるほうがいいですからね。
  何しろ私に初めていろいろと教えてくれた人、でしたから」
もっともそのいろいろと教えた、というのが
普通に聖獣として生きてゆくのには必要のない知識だったりしたのだが。
主にいたずらとか、遊びとか、はたまた執務のさぼり方など……
そのせいでクレマティスの配下の存在達はしばしそれに彼がはまった時期はかなり泣き目にあった。
今でこそかつてのように頻繁ではないにしろ、しかし正気を中和するために聖殿から離れていたことを考えると、
どちらも似通ったもの、としかいいようがない。
そんな会話をかわしつつも、
「まあ、いいけど。とりあえずいくわね」
いってティンがかるく手をふると同時、レニエルの体を覆っていた風が瞬く間に強くなり、
そのままそれはまるで渦巻のごとくに、小さなそれこそ竜巻が発生したかのごとく、
そのままその竜巻のような螺旋を描いた風は眼下にみえる湖にうかぶ一隻の船にむけてつきすすむ。

「「若!?」」
「「若様!?」」
その姿に気づいた甲板にいた一部のものがおもわず声をあげる。
ありえない姿をみて唖然としたり、もしくは固まっていた人々。
彼らが次に目にしたのは風にまるで運ばれてくるかのごとく、
ゆっくりとおりたってくる彼らからしてみれば何よりも優先して守るべき存在ものであり、
そしてまた何よりも敬う対象である一人の少年の姿。
名前をいわないのはその名に込められた意味をしっているものがいないともかぎらない。
ゆえに彼らはレニエルのことを【若】もしくは【坊っちゃん】などと呼んでいる。
もっとも坊っちゃんなどという呼び方をするものはごくごく片手で数えるほどしか存在しないが。
「ホセ!それに皆!」
さほど長い間離れていたわけではないがそれでもやはり姿をみるとほっとする。
何しろ始めて船から地上、さらには旅というものを経験した。
いくら日数的にさほど、それこそ一廻りも経過していないが。
見知った仲間達の姿をみてほっとするレニエルの気持ちもわからなくはない。
そもそも彼は目覚めたときから常に船上にて過ごしていた。
ましてや仲間達と離れたことなどこのたびティン達とともに陸に上がったのが初めて。
だからこそほっとして自分の保護者の一人でもあるホセやそれ以外の姿をみてほっとする。
彼の精神からしてみればまだ人でいうところの子供でしかない。
表面にはださないが、彼とていまだに甘えたい盛り。
もっとも立場的にそれは許されないとわかっているので絶対に表面には微塵にもだすことはない。
「若。ご無事でしたか。…フェナスは?」
「ああ。フェナスは……」
ホセ、とよばれた男性がフェナスがレニエルの傍にいないことに気付き怪訝そうに問いかける。
が。
「輝きの守護ならば我の宮殿にて今は特訓中だ。久しいな。ホセコウエ」
そんなレニエルの言葉をさえぎるかのようにゆっくりと甲板に降り立ちつつも、
変わりに淡々とこたえるクレマティス。
今の彼の姿はどこからどうみても人間でいうところの二十歳前後の黒髪の青年にしかみえない。
気配もほぼ抑えており、まず彼が竜だということに気づかれることはない。
最も、世界の守護をうけている精霊達などといった存在にかかわりのある存在ならば話しは別だが。
いきなり名…しかも真名を呼ばれおもわずそちらを凝視するホセ、とよばれた男性。
ざっとみたところ歳のころは五十代、もしくはもう少し上といった感じをうける。
「青竜様!?」
ざわり。
ホセとよばれていた人物がその名を呼ぶと同時、その場にいたすべてのものに動揺が走る。
もっとも、当然のことながらレニエルはその一人には含まれていない。
「なぜ聖獣ともいわれております、竜王クレマティス様、御自らがここに?
  ……まさかまた政務や執務をさぼってレニエル様に会いにこられたとかでは……」
おもわず素でさらっと本音をもらしつつもそうといかえすホセはおそらく間違っていない。
何しろ彼の記憶の中のクレマティスがそうなのである。
かつて、まだレニエルが前のレニエル。
すなわち、輝ける王がまだ先代の時代、彼はよく暇だからといってさぼってやってきていた。
そのことをホセはよく知っている。
おかげで彼をさがしにきた部下が彼の本体のもとを訪ね、どこにいるかしらないか。
ときかれたのは何も十…否、百やそこらの数ではない。
「まあ一概に否定はせん」
しないんだ。
おもわずそんな青年、竜王とよばれし彼の台詞にその場にいたほとんどのものが心の中で突っ込みをいれる。
さすがに畏れ多くそれを口にはだすことはないが。
「私は洞窟にて瘴気の中和と浄化を行っていたのだがな。
  そこにまだ若き新たななる王と…」
ティンク様が、といいかけた彼がふと視線を感じみてみれば、
ティンが静かにかるく口元に手をあてているのがみてとれる。
ゆえに、
「かなり未熟なる輝きの守護の若者がやってきたのでな。
  瘴気のほうはコラム宮にあるいみ幽閉?されていたステラ殿とクーク殿が解放というか、
  ようやく自らの自縛を説き放って復帰したことで我の手をかけずにすむようになったことであるし。
  ああ、ついでといっては何だが、あの地に捕らえられていた存在達は、
  我の宮殿にて一次的に保護しているがゆえに安心していいぞ?」
かるく以前にあってからこのかた二百年近く経過しているというのに彼は変わらない。
否、それは自分にもいえるのかもしれない。
かつてとかわらずにいともあっけらかんと、しかし何やら重要なことをさらっというそんな彼に対し、
「…あいかわらずさらっと重要なことをいわれますな。あなた様は。
  しかしやはり水の精霊王様と土の精霊王様が解放されたのですか。
  では、我らが若…否、輝ける王の力の解放を促してくださったのも貴方様ですか?
  我らは感じております。…遅くなりました。我らが主。輝ける王レニエル様。
  覚醒、おめでとうございます。我らが導けずに思案しておりましたが。
  柱の一角の目覚め、心よりお喜び申し上げます」
いいつつも、そのばにすっと膝をつく。
そんなホセに準ずるかのごとくにその場にいた甲板にいた人々。
すなわち船にのっていた全ての乗組員、森の民達もまたこぞってそのばに膝をつく。
近くにレニエルが戻ってきたからこそ彼らはより深く確信をもてる。
レニエルが近くにいるだけでも本来あるべきはずの力が満ちてくる。
それこそレニエルが【王】の力に目覚めた証。
森の民…否、この地上における全ての大自然を統括する力に目覚めた証。
その大自然の中には当然草木といったものも含まれる。
そんな彼らの姿をみて一瞬戸惑いの表情を浮かべるものの、
すぐにもちなおし、
「皆のもの、今まで苦労をかけました。しかしまだまだ僕…いえ、私はまだ未熟。
  力の覚醒もまだ完全ではありません。ですがこれまで皆に苦労をかけていたのは事実です。
  力のない私をまもるためにどれだけの犠牲があったのか、私はそれを忘れません。
  これからも未熟な私ですが何とぞ力添えのほどをよろしくおねがいいたします」
皆との距離が今まで以上に開いてしまったようなさみしい焦燥感。
これまでも大切にされてきていたという自覚はあったが、
力に目覚めたがゆえにわかってしまう。
皆の自分にかけている期待がどれほど大きなものか、ということが。
おそらくは、これからは今までのように普通に接してもらうことはできないのだろう。
彼が望めばそれは可能かもしれないが、しかし彼にはやらなければならないことがある。
すなわち、二百年近く不在であった輝ける王としての役割としての責務。
「あ~。まあ卵からなかなか孵れなかったのはレニーのせいじゃないとおもうわよ。
  というかそもそも実力行使しなかったあの子達がわるいわけで。
  四精霊達が間接的に消えたことであなたに届くべきはずの力もまた少なくなってたはずだし。
  というか卵の状態で無意識に大地の自然を守っていたがゆえに孵るのが遅れたわけだとおもうし」
でなければこの大地の緑という緑はほとんど朽ち果てている。
ぽんっと内心かなり緊張しつつ言葉を発しているレニエルをみこし、
その頭をなでつつもかるく何やらさらっとこれまたかなり重要なことをいっているティン。
「というか。ティス?さすがにまあ百年くらいは大目にみたとして。
  百年くらい経過した時点でコラムに接触はからなかったの?
  地上における召喚は三柱そろわないと無理だけど。精神世界では問題ないでしょうに。
  スベやランに手伝ってもらえばこの地の瘴気もここまでたまらなかったはずだけど?」
ぽんぽんとレニエルの頭をなでつつも、気になっていたことをこれまたさらっとといかける。
「「……それについては我らから説明いたします」」
『なっ!?』
突如としてきこえてきた第三者の声。
正確にいうなれば振ってわいたようなどちらかといえば直接響いてくるようなその声。
ゆえに驚愕した船員達がこぞって驚きの声をあげるが、
「早かったですね。ランメル殿、スベルグ殿」
そこにいる黒き髪を身長よりも長くのばし、黒いワンピースのようなものを着こなしている、
しかもその姿が半透き通り、ふわふわとその場にうかんでいる一人の女性。
そんな全てが黒、といっても過言でないような女性の傍らに浮かんでいるのは、
どちらかといえば全てが白、といっても過言でなく容姿的には同じなれど、
その色のみがことなるこちらもまた半透明にてふわふわとその場にうかんでいる一人の女性。
先ほどまでは確かにいなかったはずの透き通った女性が二人、
今はたしかに甲板上の少し上の空間にふわり、ふわりと浮いている。
しかし森の民である船員達が驚愕したのはそこではない。
さらっと今いった、竜王が述べた名。
その名をもつものはこの世界においてたった一つの存在しかありえない。
『ご挨拶が遅れました。ティンク様』
『しかしティンク様も相変わらずですね。我々に気配を悟らせぬようになさってましたし』
二人の言い分も至極もっとも。
それゆえに、
「ああ。ですよねぇ。それは私も同感です。普通驚きますよねぇ」
しみじみと同意するようにつぶやいているクレマティス。
「ティス・スベ・ラン?そもそもそれだと意味がないでしょう?
  まあいいわ。あなた達もきたのなら話しははやいわ。
  この湖の底の宮殿をとりあえず復活させるから。
  あとはステラとクークの力で簡易結界くらいはできるでしょう?」
ちなみに、彼女、ティンが彼らを愛称で呼ぶときはすなくからず機嫌が悪いということ。
それらを彼らは身をもって知っている。
ゆえに、愛称で名を呼ばれびくり、と体ごと精神体を震わす彼らの気持ちもまあ判らなくもない。
…もっとも、それはティンの正体を知っていれば、という注釈はつくが。
「というわけで。レニー?この地に眠るかの地の感知はできるわよね?」
「は、はいっ!」
ティンの目が笑っていない。
というか逆らったらあとが怖い。
ゆえにほぼ条件反射でおもわず反射的に答えるレニエルはおそらく間違っていない。
最もまったく話しについていけず、
なおかつ状況についていけない船員達はほぼおいてけぼりをくらっている。
説明を求めようにも相手は伝説級ともいえる光と闇の大精霊。
さらには目の前の青年は竜王クレマティス。
ついでに自分達の主たるレニエルもまた力に目覚めている以上、
今までのように気軽に話しかけられるような存在ではなくなっている。
ゆえに誰に説明をもとめることもできずにただただ彼らはおいてけぼりをくらったまま、
しばしそのばにて膝をついたまま硬直するより術がない。
「さてと。オンファスとバストネスにもステラ達同様にしっかりとお話し・・・しないとね」
何やらぽそり、と聞き返したいが聞いたらこわい、と本能的に感じる台詞をいっているティン。
さらにいえば今、ティンがつぶやいたのは火と風の精霊王の真名。
今でこそティンが【誰】なのかわかるがゆえにこわくて突っ込みなどできはしないが、
その呟きが他の者、例をあげればこの場にいる船員達にでも届けばされに混乱が広がることは必然。
ゆえに聞こえなかった、もしくは聞かなかったことにしてあえてスルーすることにし、
「では、とりあえず感知にはいるために【孔雀マラカイト】状態になりますね」
孔雀マラカイト状態とは輝ける王としての力の一部を解放した状態のことを指し示す。
その状態になると常にその体があわく緑色に光り輝き、
大地の加護ともいえるマラカイト…すなわち、孔雀石のような輝きを醸し出す。
力の加減によりその輝きは当然強弱はあるにしろ、常に体全体が緑色に覆われる。
大地の加護を授かっているといわれている石にはいくつかあるが、
孔雀石もまたその一つ。
最も、一番大地の恩恵をうけているといわれているのは、瑠璃とよばれしラピス・ラズリ。
ゆえにその名のついた力もまた輝ける王は所有している。
輝ける王はいわばこの世界の自然の守護者。
竜王が大気中で加護を施す役目を持ち、輝ける王は【土】に関する加護を持っている。
この事実はこの世界にいきるほとんどのものには知られてはいない。
だからこそなのか過ぎたる力は畏れを抱かせ、弱い種族はその力を排除しようとしてしまう。
その結果が自分達の首をしめることに繋がる、とはゆめにもおもわずに。
目先の利益のみを優先してしまい後のことまでは考えない。
知能あるものが陥る典型的な事例。
レニエルがそういいつつも精神を集中させる。
刹那、レニエルの体全体が淡い緑色の光にと包まれる。
それと同時にレニエルにつたわってくる周囲の様子。
意識を集中させれば湖の奥深くにより強い力が集まっている箇所があるのが手にとるようにと判る。
この状態になることにてよりこの世界との繋がりが深くなり特殊な波動などを感知することが可能となる。
また、意識すれば他者の心理状態までをも視通すことが可能。
「レニー。道をつくるのはできるわよね?」
「はい」
先ほどまでかたまっていた船員達はレニエルが力を利用したことにより、
感極まり言葉もでなくなっているものが大多数。
彼らはいつの日かレニエルが【王】として目覚めるのをまっていた。
ゆえにこそその感激もひとしお。
最も今この場にいるのはレニエルだけでなく、
伝説ともいわれている聖なる竜王たるクレマティスもいることから、
思考が追いつかず固まっているものもいるにはいる。
もしもここに第三者、すなわちかかわりがないものがいるのならば、
思考が追いつかないのが当然、としごく突っ込みがはいるであろう。
そんな彼らの思いとは関係なしに、緑の光につつまれたレニエルににこやかに何やらいっているティン。
本来ならばティンが示してもいいのだが、レニエルに示させたほうが彼のためにもなる。
それゆえの意見。
「しかし、この乗り物全体があわく光っているのはいったい…?」
「ああ。あなたはずっとあの洞窟の中にいたから知らなかったのね。
  この舟はこの子が卵から孵った場所でもあるから、繋がりができてるんでしょ。
  そもそも、この舟の材料となった元の木々もレニーの配下のようなものだしね」
当人が意識していなかったとはいえ【王】の力は絶大。
ゆえに卵のころからこの船内にて王がそだったこの船は、
そこいらの船とはかなり質そのものが変化している。
それはこれまでこの船が運航不可能まで壊れたことがないことにも起因している。
「なるほど。私があの地にいてからいろいろとあったのですね」
「…そのことはたぶんあなたの執務的な報告にあがってたとおもうけど?」
しみじみというクレマティスだがそれにたいしティンはといえばあきれた表情をうかべつつも、
淡々と冷めた視線で彼をみつつも問いかける。
どうもこのクレマティスは昔からそういった執務的なことをおざなりにすることがある。
昔はきちんと執務的なことをもこなしていたというのに。
かえすがえすも悪い癖をつけてしまったものだ、とつくづくティンとしても思ってしまうのは仕方がない。
「……と、とりあえず、私はこの船を道にそわせてすすませますね」
話しそらしたわね。
おもわずじと目でみるティンに対し、まるでとってつけたようにいいだすクレマティス。
その様はまるで子供が悪戯をみつかり、あわてて何かをとりつくろっているかのよう。
竜王、竜神とも呼ばれる彼のこのような姿は、彼をあがめる存在達からしてみれば信じられないもの。
みれば湖の表面上に淡く光り輝く緑の筋ができあがっている。
それは表面上に沿うように発生しており、どこかに誘っているようにも垣間見える。
「……今度全員そろわせてきちんとした教育のし直しが必要なのかしら……」
びくっ。
ぽそっとおもわず素でつぶやいたティンの言葉をききとがめ、
おもいっきり体を震わせて反応するクレマティスとレニエル。
レニエルとて力に目覚めた以上、それがとてつもないことだとは理解している。
その言葉に含まれる真意というか本質はともかくとして。
びくり、と反応してしまうのは本質にきざまれた本能ゆえの行動。
王は代々一人であり、王の魂は永遠不滅。
その生涯をとじるときにある植物にと変化し、
その植物から種子が産まれ、それは聖なる卵とよばれその卵より王は孵る。
その時々の姿に変化はあるものの、
周囲の状況にあわせ孵ったときの姿は千差万別。
今のレニエルの場合は場所が船上であったこともあり、普通の苗木のような形で卵から孵っている。
「さて、と。とりあえず目的の中心地にたどり着くまでに。
  お腹もすいてきたし。何かつくるとしますか。あ、厨房かりますね~」
すでに勝手知ったる何とやら。
伊達にしばしこの船の中で厨房係りとして過ごしていたわけではない。
いまだに固まる人々をそのままに、そのまま船内にとはいってゆくティン。

…後にのこされたは、いまだに現状が把握しきれない人々と、
どこまで説明していいのか戸惑いをかくしきれないレニエルとクレマティスの姿のみ――


湖の表面を覆い尽くす緑の光。
その光はある一点を中心に淡くそれでいて円を描くように光を放っている。
結局のところ、厨房にこもったティンをあわててクレマティスとレニエルが追いかけて船内にとはいり、
そんな彼につづいて甲板にでていた船員達もまた船内の厨房へと出向いていった。
彼らにとっては主でもあるレニエルに問いかけてもきちんとした明確な答えはかえってこず。
かといって竜王、と自分達の中で年長者であるホセが断言した以上、クレマティスにきくわけにもいかず。
結果としてティンに直接きくという方法を彼らはとり簡単な事情を把握した。
曰く、捕らえられていた水と土の精霊王達はすでにやはり予測はしていたが解放された、ということ。
ティンが探していたという捕らわれていたものも解放され、
かの地にとらわれていたものは今現在は水晶宮にて保護されている、ということ。
彼らは落ち着き次第、それぞれ元いた場所に竜族が責任をもって送り届ける、ということ。
それらの情報を【緑の疾風】の一員であり、また森の民でもある彼らはティンから聞きだした。
レニエルやクレマティスがティンのことを様づけでよんでいるのはかなり気にはなるが。
誰ともなく本能的に聞くことははばかられ、それに関しての突っ込みは今のところは存在していない。
「さてと。ステラ」
『は、はいっ!何でしょうかっ!?あ、あの?ティンク様?ランメルとスベルグから伝言をうけて。
  あの地の一部から私の加護を無くしましたけど…今回の呼び立てに何かかんけいが?』
先刻、この場にやってきていた二精霊達に対しティンはある命令…もとい、お願いごとをしている。
精神感応テレパシーにて会話を交わしたので気づいていたものはいない。
ティンのつぶやきとともに、目の前の水面が一瞬もりあがり、
瞬く間に一人の女性の姿を形成する。
「あれとこれとは話しは別よ。この下にあの二人がいるでしょ?
  レニエル達もつれてくから。クークのほうの守備も問題ないみたいだし」
あの地に住まう愚かなものがそのことに気づくのにそうは時間はかからないであろう。
まあ、ティンからしてみればあと二人を解放したのちに、
かの地にはそれなりの処置を施すつもりなのでさほど問題視はしていない。
かの地にすまう何もしらない人々とて、無知とは罪ということを知る必要がある。
すでにもはやかの地において正常なる生き物は存在していない。
いるのは人間などといった知能ある生物のみ。
それ以外はほとんど魔獣が闊歩する大地となりはてている。
まだどうするのかは誰にもティンは決定を話してはいないし伝えてもいない。
ちょうどいい器がいることもあるし、かの者にはそれなりに処罰を与える必要もある。
それゆえの決定。
だけどいまそれをこの場にていう必要性はさらさらない。
「「…まさか…水の精霊王スティル様?」」
誰ともなく茫然とその姿を目にしおもわずつぶやいている様がみてとれる。
それもそのはず。
普通にいきていれば精霊王などといった存在にあうことはまずありえない。
彼らがいらく森の民だとてそのような崇高なる存在に出会える確立などごくわずか。
だからこそ目の前の光景が信じられない。
否、信じることがまずできない。
しかも、目の前の少女、ティン・セレスは一言のうちに水の精霊王をこの場に召喚した。
それは常識から考えてもありえないこと。
「水の中を普通に散策していくのも考えたけど。さくっと直接乗り込んだほうがはやいしね。
  というわけで、この円状の中の水を全てのけてもらえるわよね?」
水面上の光の円形の範囲はさほどひろい距離ではない。
かるく船が一隻か二隻ほどはいるかどうか、という程度。
この地にて水の力を使用したからといって地下に捕らえられている彼らに気づかれることはまずありえない。
力が動いたということは彼らなりに感じているであろうが、
彼らも彼らであるものたちを盾にとられている以上、静かに幽閉を甘んじてうけるしかなくなっている。
『了解しました』
それと同時、ざざざっ。
目の前の水面がいきおいよく渦をまき、やがてぽっかりと湖の一角から水が失せるかのごとく、
ちょっとしたぽっかりとした穴のような空間が出現する。
水を司るステラの力により湖の一部にちょっとした空間が出来上がったような形となっている。
そしてなぜか水の橋らしきものがそれと同時に形成され、
それはティンク達ののっている船から湖の底にむけて伸びているのがみてとれる。
一瞬の出来事であったがゆえに、おそらく何がおこったのか理解できたものがいるはずもなく。
この場できちんと理解しているのは、ティンとそしてクレマティス、そして現象を起こした精霊王のみ。
レニエルも何がおこったのかはよくいまいち理解しきれてはいない。
「クレマティスは彼らと今後の話しあいもあるでしょうし。
  かの地にいくのは私とレニーと、あとはランメルとスベルグね。
  ――ふたりとも、とりあえずこっちにきなさいね」
その気になれば世界のどこにでも具現化することは可能である。
それが精霊とよばれしもの。
さらにいえばその体をいくつも具現化させることも可能である。
最も必要性がなければかれらはそのように自らの体をいくつも具現化させるなどといったことはまずしない。
『――ここに』
ティンが声をかけると同時、先刻、いきなりあらわれ、そしてまたいきなり消えた二つの人影が出現する。
どうみてもティンがあきらかに精霊王とおもわしきとてつもない存在を簡単に召喚しているようにしかみえない。
事実、あるいみその通りなのだが。
ティンが普通の人間だとしか認識していないもの達にとっては理解不能。
「…竜王様。いったいあのティン・セレスという少女は……」
「あ~。あのかたはやはり話されてないのか…我の口からは説明はできぬ。すまぬな。
  それはそうと、ステラ殿。加護をなくす、という話しは我らはまだ聞かされてなかったのだが……」
ホセが恐る恐るといった風にとクレマティスにといかけてくるものの、
下手に本当のことを許可なくいうわけにはいかず、さらっと話題をかえるべく、
先ほどからきになっていたことをいまだにその場に具現化している水の精霊王にとといかける。
そんなクレマティスの質問に対し、
『はい。あの御方からはかの王国の中心部から我らの加護を引き上げるように、とのことでして。
  中心地帯にはすでに普通のものは暮らしていないのでさほど問題はないかと』
自分達の加護を失った大地は時をおかずして不毛の地にと成り果てる。
死の大地となるまでそうは時間はかからない。
あの地にはすくなからずまだ生命体といったものたちが生活している。
自然の変化に気づきかの地かに脱出できればいいが、
それ以外だとそのまま大地とともに死へと道筋をたどってゆくであろう。
「じゃ、いきますか。レニー。あなたは感じるままに進んでごらん?
  この地にあなたを呼ぶものがあるのはわかるわね?」
「は、はい。ですけど一体…?」
そこまでの知識はまだ思いだせていない。
レニエルの問いかけに対しただかるくほほ笑み、
「それじゃ、留守番はおねがいね。クレマティス。ステラは私たちがはいったら元通りにするように」
『はい』
長き時間、この場所の水をとどめておくことはできない。
それによって発生する歪みはかならずどこかにひずみを生みだす。
一時的なものならばまだしもそのひずみも小さくてすむ。
いまだに唖然としどう説明をもとめようか悩む人々をそのままに、
そのまま戸惑いを隠しきれないレニエルをともない、
光を帯びた水の階段にと足をかけるティン。
そんな彼女に続いてあわてるようにおいかけてゆくレニエルと、
そんな背後をふわりふわりとういてゆく人影が二つ。
しばしそんな彼らをとどめることもできず、ただ流されるままに眺める船員達。
とにかく目の前でおこなっている事実がわからない。
そもそもどうして簡単に名をつぶやいただけで精霊王などといった崇高なる存在が現れるのか。
しかもティン・セレスとなのっている少女に敬意をどうみても示しているのか。
竜王や精霊王達が説明しない以上、彼らには事実を知る術もない……


水でできているとおもわれる階段を下りてゆくことしばし。
視界にはいっていたはずの湖面の船はすでにみえなくなり、
周囲にみえるはただただ水の壁。
どれくらい歩いたかはわからない時間。
この湖の深さははてしない。
光もとどこかないほどの湖の底。
向かうはその底にあるといわれているとある建物。
かつてこの地にあった文明が祀っていたとある神殿。
この地においては災害以外ではなかった出来事においても壊れることなく、
ただ眠りについたのみで原型をたもっているのは、かの地がひとえに祝福と加護をうけていたからに他ならない。
本来ならば右も左もわからないほどの真っ暗な空間。
そのはずなのだが、共についてきている光の精霊王の力によって、
ティン達の周囲はほのかに灯りをともなっている。
円形を描く光は松明などといった代物と異なり、光が消え去ることはまずありえない。
ぼんやりとした光の先にうかんでくるのは真っ黒い物体ともいえるとある建造物。
暗闇の中にあるがために全容はわからないが、とりあえず今現在ありえる建物とは形式が異なっている。
それだけは暗き影の姿形からも理解はできる。
レニエルの光り輝く緑の光と暗やみにおける漆黒の闇。
そして光の精霊王ランメルが創りだしている光。
それらは会い混じり何ともいえない幻想的な光景をかもしだしている。
やがて水でできた階段は終わりをつげ、ゆっくりと湖底とおもわしき場所にとたどりつく。
その一角に何やら黒い建造物らしきものがあるのがみてとれる。
道はどうやらそこにむかってのびており、目的の場所もそこで間違いないらしい。
さらにいえばその中より不思議な感覚をレニエルは感じ取っている。
「さてと。じゃ、いきますか。ランメルは松明代わりね」
「……はい」
どこの世界に光の精霊王を光源かわりに使うものがいるであろう、
という突っ込みをもらすつわものはこの場にはいない。
この場にいるのは、ティンとレニエル、そして光の精霊王たるランメルと、
そして闇の精霊王たるスベルグのみ。
竜王であるクレマティスは船上にて留守番を命じられたがゆえにこの場にはいない。
しばらくおりてゆくと薄い空気の膜のようなものがあり、
そこを境にしてあきらかに空気が断然異なっているのが手にとるようにわかる。
周囲にはいたるところに石柱らしきものが存在しており、
足元もまた石が奇麗に敷き詰められているのがみてとれる。
灯りで照らしている範囲はさほど広くない。
それはあまりに全体を先に照らすと面白くない…もとい、必要最低限の距離だけでいい。
というティンの意見にともない、ランメルが光の調整をしているからに他ならない。
レニエルの体からは常に緑の光が発せられているものの、その光は周囲全体を照らすほどではない。
どちらかといえば暗闇でぼんやりと光るとある夜光虫のごとく。
何か石には様々な文様らしきものが刻まれているような気もしなくもないが、
しかし今はそれらをいちいち確認している暇はない。
そのまま石の道が続く先にあるひときわ大きな建物のうちの一つにむかい、
ティン達はそのまま足をすすめてゆく。


「この部屋は一体……」
この建物の中にこのような場所があったことに驚きを感じきれない。
建物の中を進むことしばし。
やがてたどりついたとある部屋。
どこまでもつづくような高い天上。
今までみたきた部屋や廊下などと異なり、この場所にはいっさいの装飾らしきものが存在していない。
どこまでも白一色でしかない壁にみあげるほどにどこまでもたかい天井。
自分達がこの建物の中に入ったと同時、湖の中に突如とできた穴はふさがれた。
そのせいなのかみあげた天井部分の高い部分にみえるのは、ゆらゆらとゆらめく水のゆらめき。
どうやらこの部屋の天井はそのまま本来ならば突き抜ける形になっていたらしい。
その部屋の中央部分にはふわふわと浮かぶ一つの巨大なる水晶柱。
六角錐の巨大な水晶はしずかにただその空間内にと浮かんでいる。
そしてその下にあるはこれまた一抱えくらいはあるであろう水晶珠。
白き台座の上に安置されているそれはしずかに光もたたえることなくそこにある。
この場にランメルが同行していなければ暗闇に足をとられ前にすすむこともままならなかったであろう。
それほどまでにこの場には光、というのもが一切存在していない。
もっともそれはこの場だけにとどまらず、建物全体にいえることなのであるが。
「レニエル。その水晶に手を触れて」
「水晶に、ですか?」
意味がわからないが、しかしティンのいうことに逆らうこともできず、また逆らう必要性も感じない。
いわれるままに水晶へと手をかざす。
刹那、レニエルの緑の光と水晶が共鳴するかのごとくに強く輝きだし、
次の瞬間。
その光はやがて部屋全体を覆い尽くすほどに強くなり、やがて周囲全体にとひろがってゆく。

ざざざ。
先刻まで静かに波打っていたはずの湖面が突如として激しく風もないというのに荒れ模様となりはてる。
船の周囲だけでなくどうやらざっと見た渡したかぎり、湖全体の湖面がさざなみだっているのがみてとれる。
波は収まるどころかさらに強まり、船上においては立っているのすらままらならないほど。
おそらく小さな小舟などが湖に繰り出していたならば、確実に舵を取られて転覆するかどうかはしているであろう。
ある程度の大きさをもつ彼らののっている船とてそれは例外でなく、
湖面上に浮かんでいる以上、いつ呑みこまれても不思議ではない。
それほどまでに湖面はよりつよくさざなみだってきている様が見て取れる。
「ああ。はじまったな」
その様子を一人、ほとんどのものがたっていることすらままならず、
ほとんどのものが手をついたりしてかがんでいる状態の中、
一人すくっと甲板の上にたちつつも湖面をみつつつぶやいている一人の青年。
「青竜様。いったい何がおこって……」
伊達に永くいきているわけではない。
このような揺れを経験するのは本体である樹木にて今まで嫌というほどに経験している。
ゆえに今現在まともにたっているのは、クレマティスとホセの二人のみ、
という何ともあるいみ船乗りとしての立場からしてみれば情けない状態になっていたりする。
「かつての聖殿が復活するようだ。…くるぞ」
それと同時。
ざざざっ。
より強い波の音と水音が周囲にと響き渡る。
みれば湖底より何か巨大なものが浮かび上がってきているらしく、
影がゆっくりと浮上してきているのがみてとれる。
その影はだんだんとより濃くなっていき、やがてそれらは水を押しのけゆっくりと、
湖の表面上にとうかびあがってくる。
それと同時、浮かび上がってきたもの。
それは湖のいたるところにて見受けられ、何かが浮かび上がってきたのは嫌でもわかる。
それらは石柱のようであったり建物のようであったり。
浮かび上がってきたものは様々。
湖だというのにちょっとした滝の落ちる音がただ静かに周囲にと響き渡る。
建造物が浮かび上がってくると同時に大量の水もまた持ち上げられ、
そしてそれらは建造物よりすべるように再び湖へともどってゆく。
それはちょっとした滝のごとくに音をたててそれらのものより流れ落ちているのがみてとれる。
浮かび上がってきた建造物は淡い緑色の光に包まれており、
やがて建物全体が湖面上に出現すると同時。
湖全体が強い緑色の光一色にと包まれる。
眩しいまでの光ではあるが不快に感じるような光ではない。
どこか懐かしくもかんじる光に包まれ、おもわずそれぞれが目をつぶる。
目を開くと同時、湖面上に先ほどまではなかったはずの何かの神殿らしき建造物が浮かんでいるのが目にはいる。
それこそ文字通り、突如として湖上に出現したといっても過言ではない。
しかし驚くのはそこではない。
それらの建物の全てが緑の草木に覆われている、という事実。
湖の中に忽然と出現した緑の建造物。
唖然としないほうがどうかしている。
何がおこるかわかっていたクレマティスはともかくとして、
その光景をしばし呆然としながらも眺める人々の姿。
先ほどまでさざなみだっていた湖面はいまだに波は落ち着いていないものに、
さきほどのように激しい揺れを伴うものではない。
「…クレマティス様…あれはまさか……」
「緑の神殿。かつてティンク様がこの地を消し去ったときに当時の輝ける王との話しあいの結果。
  湖の底に封じられていたそのほう達、森の民にとっての聖なる神殿」
ティンがどうしてかの神殿を復活させようとしたのかまでは、クレマティスもわからない。
おそらくは、かの地より精霊の加護を消し去っていることと何か関係があるのであろうが。
しかしそれはあくまでも予測。
そもそもこの地が消滅するまでこのようなことになるなどと当時の誰もが想像できなかった。
始めは何がおこったのかは理解できなかったまでも、
やがて目の前にある緑の建造物が自分達が伝え聞く聖なる神殿であることを漠然と感じ取り、
やがてゆっくりと、それでいて確実に驚愕の声が船全体を包み込んでゆく。
「この聖殿を復活させたということは、新たな理をこの世界に設けるつもりですかね。
  あの御方は……」
おもわずそうぽつりとつぶやくクレマティスの声は驚愕した人々のざわめきの声にただただかき消されてゆくのみ。

光と闇。
それは相いれないようでいて、表裏一体のもの。
二極とはよくいったものであり、その二つの属性を使用することにより、
本来ありえないはずの出来事をいともたやすく現象としてひきおこす。
光と闇の屈折率。
今現在、この湖そのものがその屈折率に覆われており、
第三者からこの湖をみてもいつもの湖面とかわりがないように視えている。
湖面上に繰り出したもののにのみ今現在、湖の上に浮かぶ神殿は視えるようになっている。
湖の中に突如として出現した緑の建造物は異様という以外の何ものでもない。
光の屈折率と闇の浸透率。
どこまでも闇が深いがゆえにこそ光もまた強くそこにある。
そしてそれは逆もまた然り。
周囲にみちる力の波動。
それまで意識を閉じてとにかくひたすらに自分達が悪用されないように、
また眷属達に被害が及ばないようにとのおもいから、小さきものに捕らわれるという選択をしていた。
それが正しいかったのかどうかはわからない。
すくなくとも世界が疲弊し、自然における力が涸渇することのないように措置はとっていた。
今までこちらの意思に任せていた他のものが干渉してくるなどありえなかった。
だというのに感じるのはより強い光と闇の気配。
ゆえにこそ意識をゆっくりと浮上させる。
ゆっくりと意識を浮上させてまず感じるのはこの地に緑の力が満ち溢れている、ということ。
それが示すことは、この神殿の中心地たる場所に【輝ける王】が出向いた、ということに他ならない。
たしか先代が眠りについて意向、卵がかえる気配はなかったときいていたのだが。
彼らが知っている情報は百年ばかり前のもの。
それ以後はその意識を眠りにつかせていた彼らは知るよしもない。
世界に意識を沿わせて状況を把握すればそれも可能であろうが。
目覚めたばかりの彼らは今現在の状況を把握するのに精いっぱい。
しかも、何やら気のせいではなくものすごく悪寒がするのはこれいかに。
「ようやく目がさめた?オンファス。バストネス?」
ぞくりとするような身ぶるいしたくなるほどの忘れようにも忘れられないとある声。
どうしてこの声が今ここできこえるのか理解できるはずもなければ、したくもない。
直接心に響いてくるのでなく、直接聞こえて・・・・きたような気がする。
小さな手の平にのるほどの真っ赤な色をした小さな小鳥。
そしてまた、これまた小さな子猫にしかみえない真っ白い猫とも犬ともいえない小さな動物。
幽閉されていた場所は異なれど、周囲に満ちた力に気づき、同時に表にでてきてみた。
それと同時に聞こえてきた声は絶対に忘れように忘れられるはずもない絶対的なもの。
おもわず硬直する彼らの気持ちはわからなくもないが、
しかし現実はそうはあまくない。
そもそもこの数百年、直接彼女・・が出向いてこなかったというのも奇跡に等しい。
ゆっくりと振り向いたその先には見慣れた一人の少女の姿が見てとれる。
服装はいつもみていたものとは異なっていれど、その気配を間違えるはずもない。
極限まで抑えられているその気配はおそらくは世界に繋がりをもつ存在でなければ絶対に気づかないであろう。
『テ…ティンク様ぁぁ!?』
思わずうわずった声をあげる彼らは傍から見れば紅き小さな小鳥と小さな子猫もどき。
そうとしかとれない彼らがじつは精霊王の二体であり、火と風の精霊王である。
そういっても真実を知らぬものからみればぜったいに信じざる事実。
真っ白いふかふかのおもわずほおずりしたくなるほどの柔らかな毛並みは、
世界の風を当人いわく表現している、とのことらしいが。
かたや小さな小鳥は炎の化身を示しているらしく、この世界のものたちには火の鳥として認識もされている。
もっともその火の鳥とよばれしものの中でも目の前にいる存在は頂点に位置する存在であり、
文字通り、火の精霊王バストネスが地上にてとることのおおい姿。
風の精霊王オンファスと火の精霊王バストネス。
彼らは常に気まぐれでその姿を地上にいきるものにとかえてよく世界を視察していた。
結果としてそれゆえにあっさりと捕らわれてしまったという事実もあるのだが。
精神世界面にのみから世界を身守るだけならばおそらくこのような結果にはならなかったであろう。
しかしこの世界に属する存在達は率先して世界にかかわるようにそのように創られている。
ゆえにこれは一概に彼らだけの責任、というわけではないことをティンは一応理解している。
しかし理解と納得は別物。
ゆえに多少怒ってしまうのは仕方がない。
「さてと。二人とも?いいわけがあるなら聞きましょうか?」
にっこり。
『んみぎゃぁぁぁぁぁっっっっっ!』
にこやかにほほ笑むティンとは対照的に、しばし何ともいえない絶叫が、
しばしその場にと響き渡ってゆく――

「しかし、ここが緑の神殿、ですか」
話しにはきいたことがあった。
しかしその神殿は失われて久しいとも聞き及んでいた。
王としての教育を受ける中で聞かされていた真実。
よもやその神殿がこのような場所にあったなどレニエルからしても驚愕を隠しきれない。
そもそもこの湖はいくども船の中ではあったものの見知った場所。
そのような間近に自分とかかわりのある聖なる場所が眠っているなどと誰が想像できようか。
水晶に触れた後、光に包まれ気づけば自らがいるのは緑の空間の中。
とても心地よい空間の中でより力が増してゆくのが手にとるように理解ができる。
天井より降り注ぐ太陽の光が自らの力をより昇華させるかのごとくに強いものへと変化させていっている。
二体の精霊王達を迎えにいってくるといって先ほどティンはこの部屋を後にしていった。
どうやら気づけば自分は水晶の上に浮かんでいた水晶の中に今現在はいるらしく、
自由に身動きが取れない状況となっている。
しかしそれは悪い意味ではなく、自分の体ごと力の構築がなされていっているのが感じられる。
今までは輝ける王の卵、すなわち後継者としてでしかかなったその精神体的な構造。
そして器となっている体の構造。
それらすべてが【王】としてのそれに変化していっているのが理解できる。
この地は森の民にとっても聖なる地としてあがめられていた地。
それは言葉通り、聖なる王、すなわち彼らの王が王としての体を得るためにと滞在していた地。
中央に設けられている水晶は世界全ての力を一点に集め、
鍵となるのは【輝ける王】がもつ純粋たる力。
王以外のものではその力は解放されることはなく、
この地が封印されてからのち、この地を訪れた【王】はレニエルが始め。
湖底に沈んでいたとはいえ力の蓄積はゆっくりとではあるがたまっていっていた。
この部屋にはいれるのもまた、王に連なる存在以外は侵入することすら不可能となっている。
しばらくここちよい流れの中に身をまかしていたそんな中。
何ともいえない絶叫ともとらえられる悲鳴らしき声らしき声が聞こえてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・聞かなかったことにしよう。そうしよう」
それが何を意味しているのか、嫌が応にも理解してしまう。
ゆえに何も聞かなかった、聞こえなかったことにしてあえて無視をすることにきめる。
下手にかかわりをもち自分のほうにまでとばっちりがまわってきてはたまったものではない。
歴代の【王】としての記憶の中にとばっちりをうけて理不尽な目にあったことが幾度もある。
ゆえにレニエルのその決定は誰にも責められるものではない。
王の目覚めとともに永きにわたり眠りについていた聖なる神殿もまた復活する。
それはこの世界にどのような変化をもたらすのか、今はまだ答えられるものはひとりもいない――


三度目の正直、との諺がこの世界のとある場所には伝わっている。
もしくは二度あることは三度ある、という諺もある。
しかしだからといって同じ【魂】が輪廻の果てに同じ過ちを繰り返しているというのはいただけない。
かつての惨劇を起こした人物の【魂】と、今現在、本来あるべき寿命を他者の力で覆し、
数百年にわたり実質裏で支配を繰り返しているかの国の王。
たしかにかの地に住まうもの、特にコラム宮を管理する立場であるかの一族は、
普通の種族などとはことなり在る程度の寿命を要している。
この【世界】に存在する以上、管理はすべて【彼女】に一括されている。
当人からしてみれば、全部自分にまるなげされている感が否めなくもないが、
しかしそれでもこの【世界】に移住したわけでなく産まれ出た以上、すべての命は彼女の管理下にある。
それ以外のことはこの世界に住まうものに任せてはいるものの、
だからといって世界の理が乱れている状態で手だしをしない、と明言しているわけでもない。
天井部分から差し込む光は部屋全体に広がり、壁の材質に使われているとある素材に反射し、
部屋全体が淡く緑色にと照らし出されている。
入口から入って正面にみえる壁は曲線を描いてはいるものの、
そこには一つの【模様】にもみえる【絵】が壁にはめ込まれているのがみてとれる。
頂上部分に不可思議な紋章のようなものが描かれ、
そこから伸びた線の先に一つの球体のようなものが描かれている。
その球体の中をまるで拡大したかのような模様もまたそこには描かれているものの、
それらはあまりに天井付近に近いがゆえによくよく目をこらさなければ完全にはみえないであろう。
まず正面にみえるは、世界を司り守っているといわれている存在達を示している、
といわれている様々な姿形をしている絵姿。
四体の精霊王、そして二極たる精霊王、竜王、そして輝ける王。
そして精霊王達が手を伸ばした先にみえるは一人の女性の絵姿。
その女性は竜王、そして輝ける王とみられし絵姿の人々とともに並んで描かれている。
この絵が何を意味するのか、きちんと理解できるものはそうそう多くはいない。
部屋全体はまるでちょっとしたドームのような形となっており、
緑色に部屋全体がほのかに光っているようにみえる以外、
正面にある大壁画以外に目立ったものといえば、
部屋のいくつかの場所に設けられている色彩様々なちょっとした水晶の台座くらいしかない。
それ以外には正面に祭壇のようなものがある以上、部屋そのものの中には何もない。
部屋の中心部分にはより強い緑の光が天井から降り注ぐようにおりてきており、
まるで淡き光の中にちょっとした強い光の柱が発生しているようにみえなくもない。
「さてと。オンファス。バストネス。ステラ。クーク。あとランメルにスベルグ」
部屋の正面部分、祭壇の正面にとたちそのまま虚空をみつめつつ名前を紡ぐ。
それと同時、瞬時にその場にあらわれるいくつかの影。
それぞれの影が形を成す中、それぞれがどこかおびえているよえにみえるのは気のせいか。
現れた姿はそれぞれ。
鳥のような姿をしているものもいれば、猫のような動物の姿をしているのも、
蛇のような姿をしているようなもの、それぞれがすべて異なる姿をとっているのが見て取れる。
名を呼ぶと同時にこの場にと呼びだされた彼らをじっとみつめつつ、
「あなた達にはここが【何】なのか説明するまでもないわね?」
静かにそこに現れた存在達にむかって言い放つティンの姿。

今現在の刻限はタレンを回ったころ。
すでに外では太陽の光が陰りを見せ始め、ゆっくりと夜の帳につつまれようとしている現状。
その証拠に【夜の帳】とも別名をもつ【ナクライ】が初鳴きをしているらしく、
風にのって鳴き声が静かにきこえてきている。
この部屋そのものの天井部分には屋根らしきものがなく、
そのまま【空】がみてとれる。
天井部分を覆っているのは特殊な【力】であり、
雨をのぞいたすべてのものを部屋の中に浸透させる役目をもつ。
精霊王達の加護が薄くなっているこの世界においては季節を問わず早くに日が暮れて夜が長い。
そのような状態がここ数百年ほどつづいている。
それらは夜を長引かせることにより、闇の精霊王がその力をもってして、
世界にはびこりはじめている【瘴気】などといった負の力をある程度浄化しているからに他ならない。
しかしこの地に住まうもの、特に人族などといった存在達はその事実をしらない。
自然からの声に耳をかたむけようとせずに、自分達が定めた理の中で判断しようとする。
真実をいうものがいてもそれはたわごととしてうけとめ、極端な地においては異端児としてみなされる。
あげくはそのために罪にとわれることも少なくない。
異端とされる原因の一つに、光と闇の精霊王が行っているとある現象もかかわっている。
月が欠ける現象と、太陽が欠ける現象。
数年ごとにそれらの現象を引き起こし、この惑星中の光と闇のバランスをたもっている。
本来ならば数年ごとにおこなわなくても数十年に一度くらいの頻度でよかったものが、
四属性を担う精霊王達が幽閉されたことにより、世界の理に歪みが生じ、
強制的な処置を取らねば世界の安定がくるいかけてきていた。
その結果としてそんな事実をしらない人々が疑心暗鬼となり、
悪者をあえてみずから創りだすことにより、それらを処罰することにより災害がまぬがれる。
そのような傾向になりはじめたのは精霊王達が幽閉されて百年ばかりが経過したころから。
今現在は【帝国】の悪業が目だっているせいかさほどそのような話しはきかないが。

『ティンク様……』
どこかその声がかすれているような気もしなくもないが、そんな彼らの思いを知ってか知らずか、
「はいはい。文句はいわない。とりあえずこの場にクレマティスはよんでないけど。
  まあ彼には森の民達に今後のことを指示してもらう役目を押しつ…もとい任せてるし」
つい本音ともいえるおしつけた、といいそうになるがいい方をあえて変更し、
にっこりとその場にあらわれた精霊王四体と精霊二極王へと話しかける。
今現在、いまだにレニエルが【継承】している今現在、彼を途中でこの場に呼び寄せるわけにもいかない。
かの【聖水晶】の中でレニエルは完全なる力の継承と覚醒を果たすこととなる。
精神的なものから肉体的なものまで全て。
かの中よりでてきたレニエルは今までのレニエルではなく、完全なる【王】としていきることとなる。
いまだに【雛】であり【継承者】であった時代はようやく終わりをつげ、
この世界にとってもあらたな歴史を刻むこととなる。
「とらあえず、コランダムをあなた達の力だけで呼びだすこと。
  私が呼んでも意味がないのはわかるわよね?」
まちがいなくティンが一声かければすぐさまこの場に姿を表すであろう。
たとえその精神をまどろみにゆだね、眠りについていたとしても。
ティンの言葉は絶対的なもの。
ましてやこのたびのことは自分達のふがいなさ…すわわち不手際以外のなにものでもない。
それでなくても目の前の【大いなる母】こと【ティンクセレクタ】が出向いてくるきっかけをつくったのは、
まちがいなく自分達。
ゆえに断る理由も、ましてや反抗する気もさらさらない。
目の前のかの御方が何を考えているのかは理解しかねるが、
その指示は絶対的なもの。
それゆえに。
『緑の聖なる場にて我らの盟約を紡ぎます』
別名、この神殿の表向きの中心である【祈りの間】。
この部屋は他の神殿、【水晶宮】や【コラム宮】といった場所とおなじく、
【召喚の間】というものが存在する。
それぞれの聖殿において【祈りの間】とよばれしそこにおいて、
世界の存続にかかわる存在を呼びだす聖なる儀式を行うことが許されている。
それ以外の場所で行おうとするならば、歪みが生じ、その歪みは術者へとそのまま向かう仕組みとなっている。
それがこの世界のもうひとつの理。
もっともその理を悪用し、一つの聖殿を悪用してしまった帝国のようなものも存在するのだが。
それは理の裏をついた行動であり、よもやそのような行動をおこす輩がいるなどとは誰も想像すらしていなかった。
光が強い場所であればあるほど利用することにより、生じる歪みと闇は強くなる。
かの帝国ことエレスタド王国の上層部はそのことをしっていたのかそれとも結果としてそうなったのか。
真実はおそらく当事者達でしかしりえないであろう。

呼びだされた存在達。
水の精霊王ステラ、土の精霊王クーク、風の精霊王オンファス、火の精霊王バストネス。
城蛇のようなその体は常に形をとっている巨大なものから、
そこいらにいるちょっとした数十メートル級の一般的な蛇とさほど大きさはかわらなくなっている。
人型なれどどうみてもその体の構築が木々でなされているかのような姿をしているもの。
きをぬけば踏みつぶしてしましそうなほどのまるで手の平サイズ。
そうといかいえない真っ白いもこもことした猫のような動物。
そして人間の子供くらいの大きさはあるであろう、真っ赤な全身をもつ鳥。
それぞれが東西南北にと四角を描くように出現し、
その四体の中心にとたつは、ぱっとみため対極に位置していると見ただけでわかる存在達。
かたや、漆黒の髪をその身長よりも長くのばし、体を覆い尽くすような真っ黒い服装を纏っている女性。
白き髪をそのまま身長よりも長くのばし、体を覆い尽くすような真っ白い服装をまっとっている女性。
それぞれの体は互いに半透明であり、今にも周囲に溶け込みそうな気配を醸し出している。
光と闇がそれぞれに幻想として形をとったといっても過言でない雰囲気をもつ彼女達。
彼女達は精霊王の一角であるものの、属しているのは世界の理部分といっても過言でない。
光も闇もその力は使いようによっては滅びを招くほどの力をもつ。
それゆえにこの【地】においてはそれらを統括すべく【意思】をもたされた。
この場にいるすべての存在は、目の前にいる少女、ティンより意思をもたされたに他ならない。
ゆえに彼らにとってティン母であり、また絶対的な神でもある。
ティン曰く、自分はそんな大層なものではない、と謙遜しかねないが。
しかし事実は事実。
この世界はそもそも【彼女】によって【創られた】ものなのだから。

『我が紡ぐは命なる恵み』
『我が紡ぐは母なる鼓動』
『我が紡ぐは命の鼓動』
『我が紡ぐは全てなる流れ』
ティンの言葉をうけ、精霊王達四体は、それぞれ部屋の四方へと移動する。
火の精霊王は紅き水晶が設置されている台座の前へ。
土の精霊王は茶色の水晶が設置されている台座の前へ。
水の精霊王は青き水晶が設置されている台座の前へ。
風の精霊王は白き水晶が設置されている台座の前へ。
四体の言葉をうけ、四つの水晶の台座が淡く輝きを帯び、
その輝きは一つの線となり、部屋の中央部分へとのびてゆく。
中央部分にて交わった四色の光の筋は一つの文様を描きだし、
光がより一層かがやきを増すと同時、部屋の中心部分に先ほどまではなかったはずの、
あらたな二柱ともいえる台座が突如として文様の中より光の中より床からせりだすようにと出現する。
金と黒の色を帯びた台座の色は両極端。
水晶の色が金の台座は黒一色であり、水晶が黒の台座は金一色。
出現した台座にかぶさるように、二極王ともよばれる光と闇の精霊王がその身をそのまま台座へとゆだねる。
刹那。
中央部分の台座より、金と黒の光が四色の光と混ざり合い、
それらの光はそのまま空高く天を貫くかのごとくにたちのぼる。
「「『我らはここに願う。我らが束ねしもの。我らの力全てをもって今ここに再臨せたもう』」」
立ち昇る光と、五精霊の言葉はほぼ同時。
『緩やかな流れの中の奔流よ』
『古よりつづく命の流れよ』
『揺りかごの中命は育まれ』
『刹なる道を光差ししめす』
「孤独は闇に、闇は安らぎに」
「安息の闇と希望ある光」
「「『理を司りしものの一柱 限りある永久なる時の流れにてあらわれたもう』」」
それぞれがそれぞれに一つの旋律にのり力ある言葉をのせて【聖歌】を紡ぎだす。
【聖歌】と呼ばれしものはいくつも存在し、今かれらが扱っているのは、
世界を司る位置にいるものにしか使用できない力ある言葉。
もしも力のないものがこの言葉を紡ごうものならば、世界の理により声を発することすらできはしない。

世界、否、惑星の数か所よりその言葉と同時、空に突如として立ち昇る聖なる光。
それらの光は瞬く間に世界を包むかのように、上空を駆け巡る。
一つの光の線はいくつもの光の線と交わり、螺旋を描き、それらの螺旋の光はこの場。
すなわち緑の光の柱が立ち昇るこの地にと終結される。
一般の地上にいきるものたちは何がおこっているのかまったくもって理解はできない。
ただわかるのは、その光がとてつもないものであり、しかしそれがなぜか直感的に、
悪いことの前触れ…すなわち厄災の前触れの現象ではないことを理解する。
誰ともなく空をみあげ、中には無意識のうちに涙を流すもの。
より自然と深く繋がっている動植物などに関しては、それぞれが上空を仰ぎみる。
それと同時。
世界各地にて、動物達による一斉の咆哮が響き渡る。
まるで何かを祝福するかのごとく――


その背に薄い羽のような、それでいて服装の一部である薄い幻にもみえる空気とまざりあっている。
ゆらゆらとゆらめきながらも形を時には羽のごとく、時には翼のごとく、
時には普通の服の装飾の一部のごとく。
一刻といわず絶えずその纏っているらしきものは変化していっているのがみてとれる。
ゆっくりと緑の光の中、出現する一つの影。
さらり、と緑色の光に包まれた青く透き通った長き髪らしきものが周囲にとたなびく。
光の中よりあらわれしは、一人の女性のような姿をした存在。
しかし男か女か、といわれればそれぞれに視るものによりその意見は異なるであろう。
目の前の【存在】の姿はみるものによってその姿を変化させる。
否、そのように垣間見える。
彼ら精霊達により召喚されたがゆえに視えている姿は生み出された当時の姿のままではあるが、
それは【創りだされた】ときにそのように【在る】ようにされたからにほかならない。
基本的にどのような姿にも変化は可能なれど、だからといってあえて姿を変化させることがない。
それがかのものの言い分であることを、この場にいる精霊達は知っている。
ゆっくりとその整った顔立ちの中閉じられていた瞳を開くとそこにあるは、
黒き瞳とその中に揺れ動く緑や青といった色とりどりの光の乱舞。
「「『おひさしぶりでございます。我らが精霊神様』」」
その姿をめにし、その場にいる精霊王達がかるくそれぞれに片手らしきものを胸のあたりにあて、
彼ら独自の間にて取り決められている様式をとる。
かるく頭をさげている様はそうそうみられるものではない。
『私を呼んだは……』
世界の理が乱れ始めているのはわかっていた。
しかし自らは率先して干渉できる立場ではない。
そのように理の一端として世界に組み込まれている。
自身が自ら動けば世界により大きな歪みが生じてしまうことを十分に承知している。
ゆえに毎回【召喚】されるまでその意識を世界にそわせ世界の安定を見守っている。
そんな自分を呼びだした要員は理解できる。
できるが。
言葉を発しかけてその場にいる人物にその視線をむけ、その表情が驚愕の表情に彩られる。
そして。
『お久しぶりでございます。我らが世界を創造せし。ティンクセレクタの創世神…ティンク様』
ここしばらく感じていた懐かしき気配。
だがしかしその気配をたどろうとしても何かに邪魔されたようにさえぎられていた。
不思議におもっていたが目の前のティンの姿を確認したがゆえにその疑念はいともあっさりと解決する。
かの【御方】の気配を探ったり手繰ることは【許可】がなければ絶対に不可能とされている。
またそのように定められている。
「久しぶりね。コランダム」
精霊神、コランダム。
この世界の中においてそれこそ伝説というかほぼ神話の中にしか存在しないとまでいわれているもの。
世界を担う柱の一角。
『ティンク様自らのお手を煩わせてしまうとは…あなた達……』
おもわず自らの配下であり、
また分身ともいえる精霊達にと視線をむけるコランダムとよばれしものの気持ちはわからなくもないであろう。
何より世界を創りし存在の手をわずらわせているなど絶対にあってはならないこと。
何のために自分達のような存在をわざわざ創りだし世界を任されているのか、という問題もある。
だからこそなおさらに申し訳なくおもってしまう。
何のために自分達がこの世界にあるのか、という存在意義すら問われてしまいかねない。
それゆえにコランダムの言い分も何も間違っていない。
いないが、しかし極力地上にいきるものを身守る立場として産みだされているという事実もある。
自分達の存在意義と使命。
それらにはばまれ精霊王達も行動を制限されていたに他ならない。
もしも他者を人質にとられ脅された時点にて、精霊神を召喚しよう、と思い立っていれば、
こうまで数百年にもわたる世界の歪みは広がらなかったであろう。
「さてと。あなたは私とともにきなさいね。あとあなた達はこの地の再生。
  あなた達はこの地がかつてはどのような姿であったか覚えているでしょう?」
かつてこの地は地上にありながら、空でもあった聖なる神殿。
一定の周期をおいて神殿は世界をめぐり、時々に応じてその位置を変化させていた。
時には空の上にあり、時には地上にありもしたが、神殿全体が常に【緑の加護】に覆われており、
その加護の中には【世界柱】の加護もまた含まれていた。
この場に呼び出された精霊神に対しまったくもって動じることもなく、さらりと挨拶をした後、
この場にいる精霊達にと次なる指示を飛ばしているティン。
今現在はレニエルがこの神殿の核ともいえる水晶の中にいるがゆえに、
精霊達のみの力でもかつてのような姿を取り戻すことは可能。
今現在、この神殿は簡易的によみがえったとはいえかつてのような姿にはほどとおい。
この神殿全体はちょっとした大きさを誇り、力により具現化された様々な施設などといったものも存在する。
土の加護により湖上ではあるものの、そこには浮き島のようなものが形成され、
その浮き島を湖よりもうかばせているのは風の加護。
火の加護は神殿にとつづく石柱の灯篭にとほどこされており、
水の加護はいうまでもなく至るところよりも地上より溢れんばかりの噴水を産みだしている。
精霊達がそれぞれの対応する水晶に重なり、一時にしろ【同化】したことにより、
この地にて失われていた【加護】の機能もまた復活している今現在。
それは建物の中にいれば普通はわからない事柄であるが、
彼らの意識はここにあるようでいて、その意識は世界全てにとつながっている。
ゆえにこそ今現在どのようになっているのか手にとるようにと理解は可能。
「完全に機能を回復させた後、森の民の一族をこの地に全員【喚ぶ】ように」
よばれし一族のものはこの地が何であるか本能的に理解するであろう。
だからこその指示。
完全に神殿全体が復活を遂げた後にはう浮き島のようなものなれど、
その中には港となるべく場所もまた存在している。
浮き島とはいえ島を構成しているのは、ほぼ湖と森といっても過言でない。
その中にまるで神話の絵画のごとくに整った建造物がところかしこにたっている。
自然と建物の調和。
この地はそれがもののみごとになされている。
この神殿の姿は神話として、時には伝承の絵画としても世間一般にと伝わっている。
完全な姿ではなく抽象的な姿ではあるにしろ、語り継がれているのは事実。
彼ら精霊達はしかしながら気づかない。
この神殿が復活したことにより、湖の一角において、
唖然としている森の民の一族の一員がいる、ということに。


神殿の中にて精霊達によるそんな会話がなされている同時刻。
港町ヘドローグ。
かつてはこの地より【竹細工の村・カマサイト】へと出向いていた行商人もかなりいた。
それがすくなくなってしまったのは、湖に生息する魔獣が年々強くなっていったことと、
そしてまたこのあたり一帯を荒らしまわる盗賊に原因がある。
湖の魔物とも別名呼んでいるそれらの生き物に対しては自然の力の一端でもあることから、
自分達のようなかよわき生き物ができることといえば知能や力をもって対処するのみ。
夜の帳ともいわれている時を告げる鳥、【ナクライト】の声が近くの森より聞こえてくる。
調教し、それぞれの主要たる場所には時をつげる動物などが飼われていることも多々とあるが、
このようなあるいみ小さな港町にはそこまでの余裕はない。
そもそも近くにそれらが生息している自然は多々とある。
そもそもこの場所からそう遠くない場所にあるは巨大なる山脈。
その山脈の果てに今は口にすることすらはばかられる巨悪なる帝国が存在している。
人が住まう地としてはあまりに適切な場所とはいえない。
それでも港町としてこの町が発展していたのは、この地にすまういきとしいけるものたちの努力のたまもの。
先日、風の噂でこのあたりを荒らしまわっていたかの盗賊が壊滅した、という話しをきいた。
それは【カマサイト】よりやってきた村の行商人の言葉により真実だと知れ渡った。
それまで何をしても、街などの自警団などが対処しようとしてもどうにもならなかった盗賊団。
それらがどうして壊滅したのかは到底理解できないが、しかし脅威の一つがなくなったのは事実。
ゆえに、今までは安全上の都合により制限していた立ち入り禁止場所を解除した。
何かが起こっているとは街の巫女談。
そうはいっても巫女とて自然界の意識の流れを一部感じることができるだけなので、
正確に何がおこっているのか、ということまで理解はできない。
それでも停滞していた世界の流れが変わろうとしているということくらいは理解可能。
人々が何が起ころうとしているのかを知ろうとそれぞれに活動を開始していたその矢先。
山の向こうより突如として立ち昇った眩しき光。
山全体が光に包まれるかのような光であったが不思議にも嫌悪感は抱かなかった。
山の向こうにあるは、エレスタド王国のみ。
かの王国で何かが起こった、もしくは何かの実験が失敗したのか。
様々な憶測が飛んでいる最中、次なる現象が先ほどからおこっている。
それも今度は自分達が住まう街と直面している湖の一角で。
時は【ミアジル】を迎えるにあたり、それまで薄暗くなっていたはずの空が突如として光に彩るられた。
家々の窓、そして外にいた人々がみたのは、湖の遥かなる先より立ち昇っている緑色の光の柱。
空を覆い尽くしていた光の螺旋ともいえる様々な色彩をもつ光の筋は、
その光に吸い込まれるようにと集まっているのが嫌でもわかる。

ざわざわ。
「何がおこって……」
「だけど、なんだか奇麗……」
「まさか、帝国が何かしでかしたのか!?」
「しかし、不思議なことにさっきまで暴れていたはずの魔獣が突如としてきえさったぞ!?」
それぞれが疑念を口にする。
光の発生と同時。
空を光の筋が覆い尽くすと同時、それまで大地を闊歩していた様々な魔獣たちが、
突如としてその体全体を淡く発行させつつ、魔硝石のみを残して消え去った。
今までの常識から考えてありえない現象。
さらに気のせいとは言い難いほどに、草木全てがより輝いているようにみえるのはこれいかに。
その現象は街の周囲だけではなく、湖を囲む全ての大地全体に及んでおり、
さらにいえばこの現象は世界全てにおいてゆっくりと広がっている、ということを彼らは知らない。
また、知るよしもない。
世界各地において様々な憶測が飛ぶ最中、やがて空を覆っていた光の帯はゆっくりと、
跡形もなくきえさってゆく。
後にのこるは、何ごともなかったかのごとくの静寂なる空。
まるで夢をみていたかのようなその現象。
人々は知らない。
その現象が意味することを。
…世界を守護する柱の一員である、精霊神が降臨した、というその事実を。
文字通り、世界を担う存在がその時をもってして、この大地に器をもってした具現化した。
というその事実を――


空を埋め尽くす、不可思議な光の奔流。
「ええいっ!何がおこったというのだ!?」
先刻、神殿より異変がおこったことが伝えられた。
状況を把握するために兵士などを派遣したはいいものの、
駒としていたはずの存在達は、突如として青き炎につつまれもろくも崩れ去った。
城にとある【物見の塔】の報告によれば、国のいたるところで緑色に鈍く輝きをもつ、
青き光が地上付近にて観測されている、とのこと。
城内、否、城の中より一歩外にでてみれば、いたるところにて炎が大地を覆っている。
どんよりとたれこめる灰色の雲が空を覆い尽くし、
その雲の合間よりもれているのは不可思議な光の道しるべ。
灰色の雲を通して雲の上にて何かがおこっているのがかろうじて判る程度。
とはいえすでに日は落ちたあと。
真っ暗闇の中に浮かび上がる光はどこからでも目視のみですら確認ができる。
城から外にでたとたん、倒れる道具…すなわち駒として扱っている兵士達の報告もあがっている。
何がおこったのかは理解不能。
「何ものかが、神殿に侵入し、精霊王を解き放ったとしかおもえませんな」
素直に解放に応じる、とはおもわないが。
そんなに素直に解放に応じるのであれば今の今まで数百年も幽閉されていたわけではないはず。
ゆえに、彼らには精霊王、とはよばれているものの、力なんてないもの、そうおもっていた。
また、それがあたりまえだ、とおもっていた。
力のないものを捕らえ、閉じ込めただけで、強力なる力が手にはいる。
その力をもってして死よりも逃れる力を手にいれた。
力をつかい、本来の姿は多少歪んだかもしれないものの、
それはまた新たな力の上乗せでどうにでもなる。
事実、反抗するような輩はすべて力でねじふせて、自分の駒としてまた道具として使用していたこの数百年。
ちょうどいい器があれば、自らの精神体をその器に移動させて、この王国のトップ…すなわち王を務めてきた。
ここ百年か二百年ばかりその力の使い道がより洗練されて他者に力を分け与えることも可能となった。
かの実験が成功すれば世界はすべて我がものとでき、実質世界を支配することができる。
そのための計画であり、また仮初めなる聖地でもあったはず。
にもかかわらず、その実験の始まりの地ともいえる場所の異変報告をうけてからさほど時間はたっていない。
とはいえかるく半日程度は経過しているともみられるが。
「街の様子はどうだ?」
「わが首都のものたちはすでに王の手駒。何かがあれば率先して使えるでしょう。
  しかし、街全体が炎に包まれている、という報告もあがっております」
事実、玉座の間をでて城のバルコニーにでてみれば、
街全体が夜だというのに淡い光に覆われており、
ちょっとした暗闇の中にうかびあがる地上の星々のようにもみえなくもない。
至るところよりきこえてくる何ともいえない断末魔のような、それでいて哀愁がこもった叫び声。
それらが何を示すのか、この場にいる彼らにはわからない。
それらは永い年月の果てに道具として使用されていたものたちが解放されたことを示す声。
強力な悪意ある意思より解き放たれた精神体…すなわち魂達がおりなす声。
が、今この場にいる【力】にとりつかれている存在達がそのことにきづくはずもなく、
ひたすらにただただ状況が把握できないがゆえに怨嗟の声をはきだしてゆく。
彼らは知るよしもない。
この現象が彼らの今までの力による支配の終わりであり、
そしてまた新たなる始まりである、ということを――


ほのかに明るみを帯び始める大地。
時刻の呼び名は時間帯によって異なっているものの、
太陽がのぼっている時刻と夜の間の時刻の呼び分け。
それらは、光の○○、闇の○○、という呼び分けで人々は時刻を示している。
中には時を示す鳥などの名をもじって呼ぶものもいるにはいる。
どこからともなく朝の訪れを告げる一番鳥の鳴き声が大地にと響き渡る。
ほのかに常に緑の光につつまれていた湖もまた、黄金色にゆっくりとそまってゆく。
地平線よりのぼる太陽の光にてあらたに映し出されるは、
今までになかったはずの光景。
「……我々はいったい……」
つい先ほどまでたしかに船の上にいたはずである。
なのに気づけばどこかの大地の上。
周囲を覆い尽くしている淡き光が水による壁のようなものだ、と理解するのにそうは時間はかからない。
周囲にみえるは、みたこともない木々。
足元は淡き白い光をはなつ石のようなものが敷き詰められているのがみてとれる。
よくよく目をこらせばところどころに噴水なのか、水が大地より噴き出ているのがみてとれる。
さらに、よくよくみれば地上にも水路らしきものがあり、
すみずみにわたり、水がゆきわたっているのがみてとれる。
ふと目にはいるは、眼下に広がるほんのりと黄金色に染まった湖。
その湖が木々の色を反射して緑色にほのかにひかっているのがみてとれる。
無意識のうちにゆっくりと歩き出し、大地の端らしき場所からなんのきにしに周囲を確認。
大地の端には水の壁のようなものがはりめぐらされており、さわってもぷよぷよとした感覚はあるものの、
それでもそこをつきぬけられるようなかるいものではないものがみてとれる。
どちらかといえばそこに入り込んでしまっても、弾力性によってはじかれるような代物。
少し離れた場所には小さな湖のようなものがあり、
ちょっとした港のような場所があるのではあるが、今の彼らはそれにはきづかない。
そもそも自分達が今どこにいるのかすら把握していない。
彼らとてついさきほどまで船上、すなわち湖の上にいたはずなのに、
いきなり違ぅ場所にて意識を取り戻せば何が何だかわからないのも道理。
一瞬、緑色の光に包まれたかとおもうと、彼らは今現在の場所にとたたずんでいた。
この場が自分達が船上よりみていた湖の底より浮かび上がってきた神殿なのだ、
と理解するのにはすくなくとも時間がかかる。
彼らがいる場所からは神殿そのものは大きすぎて把握しきれない。
さらに神殿そのものを様々な蔦などがとりかこみ、
ひとつの緑の塊のようになってるように傍目からはみえるようになっている。
そんな状況で自分達のいる位置が把握できるはずもない。
「…そういえば、竜王様、それにホセ様は?」
ふと、その場についさきほどまでいたはずの彼らの姿がみあたらないことにきづき、
誰ともなく声をもらす。
少し離れた位置とはいえ、全員がこの場にそろっているようにも垣間見える。
にもかかわらず、かの二人の姿だけこの場にはみあたらない。
ざわざわ……
しばしなんともいえないざわめきが彼らの中を支配してゆく。
彼らが自分達の置かれた現状にきづき、きちんと把握するのはあと少し先――


まるで不思議な一夜であった。
空より降りそそぐ光の奔流。
そして、一夜あけて目にしたものは、それまではほとんど枯れ果てていたといっても過言でなかった、
枯れ果てていたはずの大地に生い茂る緑の数々。
さらには、畑には収穫時期ではないはずの野菜までもが成長し収穫可能となっている。
さらには街の中などにある木々にも季節に関係なく様々な花や実がなっている。
太陽がのぼるにつれ、そんな不思議な現象が誰の目にもあきらかにとなってくる。
太陽の光もこれまでは弱弱しく感じていたはずなのに、今日の朝日はどことなく暖かい。
周囲に舞う蝶や小鳥といった存在達もいつにな不思議な現象。
精霊達や自然と心かよわせることができる種族ならば、
大地そのものが祝福の声をあげているのに気付いたであろう。
しかしそれらに気づける存在はごくわずか。
普通にくらす存在達はそのようなことまではわからない。
わかるのは、何かがおこっている、ということのみ。
しかしその出来事はどちらかといえば良い方向に導くもの。
そう直感的にだれもが理解する。
今までこんなに自然が暖かである、と感じたことはなかった。
太陽の光もどこかむなしく、どこか寒々しかった。
にもかかわらず、今朝のぼってきた太陽の光はとてもあたたかく、
まるで全てをつつみこむかのごとくのぬくもりを漠然とではあるが感じさせる。
さらにいえば昨日まではたしかに芽吹いてすらいなかった草木の数々。
それらが一夜にして生い茂っていることから、何かが世界におこっていることは明白。
その【何か】はわからないが、すなくもとも悪いことの前触れでないのは確か。
昨日まで寝たきりであったはずの隣人ですら、まるで憑き物がおちたかのごとくに元気になっている。
そのような光景がいたるところにてみうけられている朝のひと時。
そしてその現象は、港町ヘドローグと呼ばれる場所においてもみうけられる。
他の場所とことなるのは、この場所が【アダバル湖】に隣接しているもっとも大きな港町であり、
また、山脈をはさんではいるものの、【エレスタド王国】に最も近い港町である、ということがあげられる。
ここしばらく湖の異変があからさまに目だっていた。
それまでも巨大生物は多々といたにしろ、ここしばらくは巨大なる生物が当たり前ともなっていた。
それらの巨大生物が無害ならばいうことがないが、それらは人々。
すなわち、湖を渡る船舶などを襲っていた。
何か【帝国】が湖を使って実験しているのではないのか、という噂がまことしやかに噂されていた。
しかし無力なる人々にできることは、目の前の現実に対処してゆくしかなすすべがない。
すこしづつ、どこか疲れ果てていっていた人々の心の中にまで入り込むような暖かな朝日のぬくもり。
漠然と誰しもが無意識に涙をながしている様がみてとれる。
涙をながしている存在もどうして自分が泣いているのか、また泣いている事実にすら気づいていない。
それは無意識のなせるわざ。
大地に生きる存在全ては世界につながっており、ゆえに無意識下に世界の異変を感じ取ることが可能。
人々といった知能ある存在はその理性ゆえにその本能的な直感を失っているものもいる。
しかし感受性のたかいものは自然の変化をつぶさに感じ取ることが可能。
ゆえに、感覚的に漠然とではあるが理解することは可能。
世界に精霊王達が戻り、ゆえに世界が喜びに満ち溢れている。
季節をとわずに咲き乱れる花々や祝福するかのごとくに飛び交う小鳥たち。
きらきらと世界をゆっくりとてらしだしてゆく太陽の光はまるで光の雪のごとくに、
ゆっくりとゆっくりと、この惑星そのものを時間帯に応じて包み込んでゆく。

「なんか昨日よりも湖が穏やかだなぁ」
「というか今までこんなに穏やかな湖みたことがあるか?」
「ないな」
朝早く、いつものように漁にでるためにと船を繰り出した。
いつもならば必ずある早朝の巨大生物による襲撃もなく、ゆったりとした落ち着いた湖面。
ここ数日、何かが確実におこっている。
かなり警戒されていたとある盗賊が、竹細工の街カマサイト付近の森において、
その首領とおもわしきものとともに壊滅した、という報告があがった。
真実を確かめるために出向いた自警団などがみた光景は、
そのあたり一帯が不可思議なほどに氷づけになっており、
その氷は触れてもまったく冷たさも感じさせない代物であったらしい。
しかも解ける様子すらみせないことから、氷ではなく透明な水晶なのでは?
という意見すらとびかう始末。
しかしそれが氷であることは、一部せりだしている場所を折り炎にくべてみたところ、
確実にその氷の柱は水へと変化した。
水晶ならばそのような形状変化となるはずもなく。
ゆえにそのあたりを覆い尽くしているのはまちがいなく氷である、と結論が一応だされている。
竹細工の街との交流も再び復活し、さあ今までの貿易の遅れを取り戻そうとばかりに動きだした矢先。
今度は夜空に不思議な現象を確認し、一晩が経過して外にでてみれば、
昨日までとは異なる景色。
どこをみわたしても確実に草木における緑が目に入る。
これまではたしかに、草木などといった緑は意識してさがさなければ絶対にみつけられなかったはず。
にもかかわらず、とある屋敷などに関しては、一夜あけてみてみれば、
屋敷全体が蔦におおわれ一面緑の矢先になりはてていたりする。
そんな現状の中、湖に繰り出した猟師達。
いつもとは異なる湖の様子。
しかし嵐の前の静けさといった不気味なものではなく、どこかとてもすがすがしい感じをうける。
「まるでお伽噺の中にでてくる聖なる日のようだなぁ」
「あはは。箱舟が空を飛び交い、深緑の神殿が空を移動するってやつか?
  それこそ竜王様が姿を現して竜達が空を埋め尽くすってか?」
それは誰しもが幼き日にきくおとぎ話し。
かつてこの世界で現実に起こったこと、とはいわれているがそれがいつのことなのか、
きちんと理解しているものはまずいない。
しかし、【箱舟ノア】の存在は、数多の場所に残された絵画などによって認知されている。
「しかし、ほんとうに今日は湖が穏やかだなぁ」
「こんな沖にでても襲われないのは始めてじゃないのか?」
「違いない」
始めてどころかそんな話しはきいたことがない。
しかも湖を吹き抜ける風すらどこか温かく感じるのは彼らの気のせいか。
もしも彼らがよくよく目をこらせば、周囲にとけこむかのごとくに存在しているとある一角に気づいたであろう。
それは湖の色にとけこみよくよく注意しなければわからないが、
湖の上に浮かぶとある島のようなもの。
島そのものは水の壁に囲まれており、その水が湖そのもの光を反射して、
一種のカモフラージュ効果を生み出している。
すなわち、そこにあるにもかかわらず、水の反射効果により、周囲にとけこみ、
そこにあるのにみえていない、という効果をもたらしている。
しかしそれはよくよく注意してみれば違和感を感じることができ、
さらに注意してみれば湖にうかぶ空中に浮かぶ大地と、
そして大地の上にそびえる真っ白い石のようなものでつくられた、
緑の蔦に覆われしとある建物を認識できる。
しかしそのようなことをしるすべもない猟師の彼らはそのようなことをするはずもなく。
ただただ今までとはちがう湖の現状にしばし戸惑ってゆく。
彼らは知らない。
すでにこの湖に害となる彼らが魔物とよんでいた生物は生存しておらず、
すべての魔物となっていた生物は新たな転生、もしくは本来あるべき姿を取り戻し、
この湖はあるべき姿にもどっている、ということを。


この地より精霊王の加護がなくなってはやどれくららいの年月が経過したのであろう。
記録にある報告ではすくなくとも二百年やそこら、といった期間ではない。
それほどの永い間、様々ないきとしいけの存在達がどうにか精霊王達が捕らえられている場所を特定し、
世界に平和をもたらそうと行動を起こし、事実、旅だったことも記録にのこされている。
彼らの記録が途絶えたのはすべてグリーナ大陸に現存するエレスタド王国の中において。
王国に問い合わせてもそのようなものたちは入国すらしていない、とそういわれ、
それ以後のかれらの足取りがまったくもってつかめなくなっていた。
そのようなことが続けばおのずとかの王国が何かを隠していると判断できる。
できるが証拠もなく、また宗教国家としてしかも世界教ともいえるセレスタイン教を教えている聖なる国。
歴史もあり、表だって批難することもできず、今現在にまで至っている。
かの王国そのものも、アダバル湖とアロハド山脈に囲まれていることから、船をつかって入国する以外方法がなく。
その湖そのものも年々と危険生物が多発しており、滅多と湖上に繰り出すことすらできなくなっていた。
しばらく世界が様子見で行動をおこさないのをみこしてか、
だんだんと王国の非情なる行いは世界中で目につくようになり、
ついには他国にすら兵士などを派遣し悪逆非道なることをするようになっていた。
国の兵士達が治安を保つためにそれぞれの国が兵士などを派遣するものも、
どうやったのか、かの王国は魔獣を操る方法を得たらしく、
兵士達はことごとく手先となりはてたらしい魔獣たちに壊滅させられていた。
魔獣に太刀打ちできる存在はそうそう多くはいない。
ましてや目撃者は全ていつのまにか行方不明となりはてていた現状からして、
正式に王国に抗議の声をあげることすらできなかった他の国々。
一番の迷惑を被ったのはそういった国のしがらみにまったく関係ない普通に生活している存在達。
エレスタド王国による行為は少なくとも人族だけでなく他種族にもおよんでいる。
時にはたった一つの存在を手にいれるためにその種族全体を壊滅に追い込んだ。
という噂すらまことしやかにささやかれている。
どこまでが噂で真実なのか、それをしる手段はない。
しかしそれはただの噂でなく、それをものがたるかのように、
数百年前までは共存していたという精霊族などはいつのまにか世界から姿をけしていった。
それに伴い、だんだんと大地の恵みもすななくなっていき、
ここ数百年においては収穫できる食物すらかろうじて、といった具合となっていた。
しかし、この現状はなんなんだろう。
すなくとも何かがおこったのは明白。
今までお伽噺などでしかみたことのなかった小さな羽の生えたどうみても人あらざる存在。
すなわち妖精や精霊、といったような生き物が大気中をとびまわっているのがみてとれる。
自然豊かな土地であったものの、そういった存在に今までお目にかかったことは一度たりとてない。
にもかかわらず、朝の収穫のために訪れた森の中で、
まるでお伽噺の世界のごとくにそういった生き物がとびまわっているのはこれいかに。
人が近づいてもそれらの生き物は隠れることもなく、まるで何かを祝うかのように、
ひたすらに何かを祝福するかのごとくに飛びまわっている。
よくよくみれば何かの踊りをしていることがわかるであろうが、そこまでの余裕をもてるはずもない。

世界各国、否、この世界のいたる場所においていまだかつて伝説、もしくはお伽噺。
としかあつかわれていなかった現象がまきおこる。
それは場所により時間帯は様々なれど、だがしかし、同じ現象がおこっているのは世界規模でみれば明らか。
世界規模でそのような現象が起こっているという現実を人類等は知る術もない。
精霊などといった種族においては直接的に精霊王の加護を直に感じることもできるがゆえに、
輝ける王や精霊王達が完全に復活した、という力の波動を感じ取ることができる。
そしてまた、精霊達にとって【世界】という枷はない。
すくなくとも、彼らが本来生息している精神世界においてそのような枷は存在しない。
彼らの意思疎通により、世界に王達の力が戻ったことが伝えられ、
世界は新たな目覚めを迎えてゆく。
その過程において世界各地で様々な現象がおこっているのだが。
一番そういった面から取り残された人類がそのことに気づくことはまずありえない。
その心に自然への感謝と自然との一体と、そして自然との共存という概念を取り戻さない限り……


アロハド山脈。
その頂上の一角であり、そしてまたもっとも地上においては高き場所に位置している、ともいわれる場所。
その一角に存在するは、世界を見守る聖なる宮殿。
天界への入口ともいわれている聖なる宮殿、【水晶宮クリスタルパレス】。
「どうやら王とともに精霊神様も呼びだされたようですね」
「コランダム様が降臨なさったのは何千年ぶりでしょうか?」
「柱の皆さまがそろったことにより呼び出されたようですけど、
  輝ける王もまたどうやら【聖樹】として目覚めを迎えられるようですしね」
「ああ、かつての緑の聖殿が復活しましたね」
ざわざわとざわめく宮殿内部。
先日この地に預けられた人々はいまだに養生中なれど、
しかしこの地が聖なる地だと理解しているのはごくわずか。
というのもほとんどのものは浄化の水晶の中にてその体を癒されており、
普通に休息をとるのみで回復をはかれるものはそういなかったのも事実。
「…【聖樹】?」
そんな中、その場にいる竜族の存在達の会話の中に聞きなれない言葉を耳にし思わず聞き返す。
そのような響きをもつ言葉はいまだかつて聞いたことがない。
今現在いるのは、この地、水晶宮内にとある訓練の場。
この場において、竜族の武将や兵士などが常に鍛錬を怠ることなく行っている。
より強くあることもまた、自身の役目。
それもあり鍛錬の参加を希望した。
「フェナス殿。輝きの守護たるあなたはお聞きになったことはないのですか?」
そんな目の前の女性…王より預かりし【輝きの守護】たるフェナスの言葉に疑問を返す火焔将軍。
「それはしかたなくない?ルード。
  聖樹でなくなったのは地上においてはかなりの年月が経過してるはずだし。
  かつての王国がかの御方によって粛清されて神殿もともに湖の底に沈んだわけだし」
その【御方】が再び降臨してきていることをしっているのは、
竜族の中でもごくごく一部のものたちのみ。
「そういえば、結局、王とともにいた、あの少女っていったい?」
そんな四将達の会話をききつつも、ふと思い出したようにいっている別の竜族の一人。
「気配は普通の人のようでいて異なっていたしね。私たちですらわからなかったし」
「問題はあの名前よ。【ティン・セレス】って……
  【セレス】ってこの世界、すなわち惑星の名でしょ?
  世界の要ともいえる【天空殿セレス】の名が示すがごとく」
事実、この世界を見守る天界においての神殿はこの世界とおなじ名を冠している。
「しかも、【ティン】って創りし存在っていう意味をもってるわよね……」
「そういえば、王はあの方のことを【ティンク様】ってよばれてたけど……
  まさか、創造主エトランゼセレスタイン様。すなわちティンクセレクタそのもの、とはいわないわよね?」
『・・・・・・・・・まさか…まさか…ねぇ?』
その名が天青石をもじってつけられている、と気づくものはこの世界には存在していない。
「聖なる気配でクリノ様とクロア様も目覚めを迎えられたみたいよ?」
グリーナ大陸を守護せし存在達。
今までは眠っていた状態であったが、聖なる気とともに目覚めを迎えた。
その波動はこの地まで届いている。
う…真実をいうにいえない。
この場にいる数名の将神達は真実をクレマティスよりきかされている。
そんな会話が耳にはいってくるものの、勝手に説明できるような内容でもない。
ゆえにルードとよばれし火焔将軍はただただ沈黙するより他にない。
それゆえに。
「はいはい。それよりあなたたち?精霊王様がたの復活。
  それにともない我らが竜族もまた忙しくなるでしょう。
  今まで精霊達にかわり属性をもつ竜族は変わりをどうにか担っていたでしょう。
  今後は精霊王達との連携をも伴って世界をより元の状態、すなわち平等なる地にもどしていかなければ」
あえて話題をかえてパンパンと手をたたきつつ、そんな彼らを牽制する。
言っていることは間違ってはいない。
そもそもここ数百年にわたり、精霊王達の仕事を自分達が肩代わりしていたのは紛れもない事実。
そして、
「フェナス殿。聖樹というのはかつてこの世界を守っていた聖なる樹の総称です。
  数千年前より本体となる聖なる樹木の形は変わっていたのですが。
  緑の聖殿の復活により再び【聖樹】が【輝ける王】の本体となるようですね」
先ほどのフェナスの疑問に答えるかのように別の四将神の一人が説明を施している様子がみてとれる。
あえて四将とよばれし竜神達、四大元素を司る竜将達が話題を変えていることには誰もきづかない。
「そういえば……」
かつては【輝ける王】もまた本体を別にもっていたと聞かされたことがある。
しかし精霊王達が姿をくらまし…正確には幽閉された後、その【本体】がどこにあるのか。
一族ですら知っているものはほとんどいなかった。
おそらくは世界のどこかにあったのであろうが、真実を知る術はない。
おそらく今の王たるレニエルにきけばわかるであろうが、
何よりも重要なのは過去ではなくて今現在でありそして未来。
「今回、アバタル湖にて復活した聖殿は緑の神殿ともいわれてまして。
  かつての緑の民の聖なる地としてあがめられていた場でもあります。
  浮遊する大地とともにある聖地なので必要に応じ、空にありき、大地にありき、といった具合となります」
時には【天空殿セレス】と並んで存在したこともあった聖なる神殿。
しばし、四将達による森の民と聖なる神殿とのかかわり合いが、
この場、すなわち水晶宮の訓練場においてみうけられてゆく――


                                   ――続く

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あとがきもどき:
薫:一般の人々の驚愕をいれるか入れざるか考えたのですが。
  やはり普通?の感覚も
  すこしばかりいれといたほうがいいだろう、というのでひとまずちょこっとをば入れ込みました。
  基本が主人公であるティン主体にしているので普通の人々(!)の様子があまりない。
  というのがあるいみ難点だと自覚あり。
  普通にいきている人々からしてみれば何がおこってるか理解不能でしょうしねぇ・・・
  そもそも、創造神ともいえるとてつもない存在が自分達の近くにいるなど夢におもわないでしょうし。
  また、自分達が一つの存在に創られたなどと信じられないとおもうんですよね……
  ちなみに、設定や役割は彼女は理として生み出していますが、
  基本的にそこにいきる存在たちの進化等についてはあまり口出しはしていません(笑
  といってもある程度の干渉はしてますけどね。
  他の場所などについては移住者の希望にあわせていろいろといじくってはいますけどv
  あと、竹細工の村の名前がここにいたり今さらでてくるという展開です(わざとですよv
  さてさて、ようやくラスボス?というか原因の国への突入開始。
  ・・・・何話しになるのやら(汗
  なんか、聖殿編がかなり長くなった自覚あり・・・
  ともあれ残りもあとわずかv
  今回のラストのほうはそれぞれの閑話みたいなものをいれてみました。
  あってもなくてもいいのですが、それぞれの様子をくみいれたほうがいいかな?とおもって。
  いわゆる裏方設定みたいな話しですが(苦笑
  ともあれ残りもあとわずか♪
  のんびりまったりとゆくのです♪
  

2011年12月18日(日)某日

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